アレは夏樹さんに
私が黒いお兄ちゃんを倒すと、黒いお兄ちゃんはいつものお兄ちゃんになった。だけど、まだ目を開けてくれない。どうしてだろう。
「夏樹さん、大丈夫ですか?」
「あっ、童子ちゃん。あれ? さっき蜂の巣にされてなかった?」
「あれは私の分身です。なので私は痛くも痒くもありません」
「へえ、そうなんだー。それよりお兄ちゃんがまだ目を覚まさないの。ねえ、なんとかならないの?」
「……夏樹さん、落ち着いて聞いてください」
「え? 何? もしかして、お兄ちゃんもう死んでるの?」
「死んではいません。ただ、雅人さんの体の中にあるはずの心がなぜかなくなっています」
「……え? それって闇の種の養分になっちゃったってこと?」
「違います。アレは夏樹さんに四肢を捥がれ、内蔵をぐちゃぐちゃにされ、皮膚を傷付けられ、歯を一本ずつ引っこ抜かれ、骨を容赦なく折られたせいで雅人さんの体から出ていきました」
「へえ、そうなんだ」
体を乗っ取られているとはいえ、実の兄の体にあんなひどいことをしたというのになぜこの女は平然としているのでしょうか。
「それで? お兄ちゃんの心は今どこにあるの?」
「この世界のどこかだということは分かっていますが、現在地を特定するのは難しいです」
「そうなの? 呼んだら戻ってくるんじゃないの?」
「砂漠に落とした指輪を見つけるのと同じくらい難しいです」
「えー、そうかなー? ねえ、試しに呼んでみてもいい?」
「どうぞご自由に」
「分かった! お兄ちゃああああああん! 私はここにいるよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
彼女がそう叫ぶと雅人さんの心が彼女の元へやってきた。
「ほらね、私の言った通りだったでしょ?」
「はぁ……はいはい、そうですねー」
私が呼んでも反応してくれたのでしょうか……。




