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ねえ、夏樹ちゃん。操り人形って知ってる?

 やーちゃん(夜刀神やとのかみ)は放課後になるまでずっと僕のそばにいた。まるで僕の影のように。

 放課後、僕が自教室から出ようとすると、やーちゃんに呼び止められた。


「……な、なあ、雅人まさと


「なんだ? やーちゃん」


「あー、えーっと、お、お前と……してもいいか?」


「え? なんだって?」


「いや、だから……お前と……キスしても、いいか?」


「え? キス? 今ここでか?」


「あ、ああ」


「どうしても今ここでしたいのか?」


「ああ、そうだ。私は今ここでお前とキスしたいんだ」


「それはアレか? 単に僕の霊力が欲しいからとかじゃないのか?」


「私が一番欲しいのはお前の霊力じゃない。お前自身だ」


「そうか。じゃあ、性欲を満たしたいからとかでもないのか?」


「え? あー、うーん、まあ、それもあるな」


「そうか。じゃあ、早く家に帰ろう」


「ま、待ってくれ! 私は今ここでお前と!!」


「いや、この教室を僕たちの体液で汚すわけにはいかないだろ」


 キスした時に口から唾液がこぼれ落ちるかもしれないからな。

 ま、まままま、まさか! 雅人まさとはキス以上に気持ちいいことをここでするつもりなのか!? あっ、だから早く家に帰ろうって言ったのか!! ※違います。


「そ、それは大丈夫だ。私が全部受け止めるから」


 お前のヨーグルトを。


「え? いや、別に無理に飲む必要は」


 唾液のことだよな?


「お、お前! 私に飲ませるつもりなのか!?」


 えーっと、唾液のことだよな?


「いや、だから無理して飲む必要は」


「いや! 私は飲むぞ! 一滴残らず飲み干してやる!!」


 そんなに唾液飲みたいのか。


「あー、えーっと、その、そんなに僕の唾液飲みたいのか?」


「へ?」


「ん? ずっと唾液の話してただろ? あれ? 違うのか?」


「あ、あれ? 私はてっきりお前の」


 おっと! これは言っちゃダメなやつだ!!


「僕の?」


「いや、何でもない!! それより早く私とキスしてくれ!!」


「もししなかったら?」


「お前の性欲を爆発させる」


「それは困るなー。死因が腹上死なんてことがバレたらあの世でもこの世でも笑いものにされるだろうから」


「お前の性欲はそんなにすごいのか!?」


「いや、誰でもそうなると思うぞ」


 多分。


「そ、それより早く私とキスしろ!! さぁ! さぁ!! さぁ!!!」


「待て。もう少しで夕日がいい位置に来るから。よし、いいぞ」


「え? あ、ああ、分かった」


 だ、大丈夫だ。私は夜刀神やとのかみ。キス程度でこいつに心を奪われるわけがない。そう、これは単なるごほうびだ。ごほう、び……。

 私が雅人まさとくちびるを重ねた直後、私の理性は崩壊した。全身が火照ほてり、雅人以外何も視界に入らない。思考はあやふやで意識の有無すら分からない。それほどまでに私は雅人を求めていた。雅人という一人の人間の全てを欲していた。


「……好き……好きだ……大好きだ……。欲しい……もっと、もっと寄越せ……。お前の全部……私に……寄越せ!!」


「ちょ! やーちゃん、苦しい……苦しいよ……」


「うるさい、黙れ。お前は私のものだ……私だけのものだ」


 やーちゃん、完全に発情してる。これが性欲モンスターってやつなのかな。

 僕がそんなことを考えているとバァン!! と勢いよく教室の扉が開かれる。その直後、毎日必ず目にしている黒い長髪が僕の視界に飛び込んできた。それは触手のようにウネウネと動いており、その髪の持ち主の表情や視線からは怒り、嫉妬、殺意、憎悪などが感じられた。


「な、夏樹なつき……これはその……」


雅人まさとー、どうしてやめるの? もっと私とキスしようよー」


「いや、今はそれどころじゃ」


「……メスが」


「え? なあに?」


「これだからメスは嫌いなんだ。どうして、いつもいつもいつもいつも私のお兄ちゃんを横取りしようとするの!! 私にはお兄ちゃんしかないのに……返して! 私のお兄ちゃんを返してよ!!」


「返さないよ。だって、雅人まさとはもう私のものなんだから。ねえ? 雅人まさと♡」


「いや、別にそんなことはないぞ。僕は誰のものでもないんだから」


「ふーん、そうなんだ。じゃあ、私のことしか愛せなくなるように改造してあげるよ」


「いや、なんでそうなるんだよ! しっかりしてくれよ! やーちゃん!!」


「えー、どうしようかなー。はい、すきありー! ちゅ♡」


「……っ!?」


「……!! 殺す!!!」


「きゃー、あの子こわーい! 雅人まさとー、助けてー」


「分かった」


 え? お兄ちゃん……どうして……。


「ね、ねえ、お兄ちゃん。なんでその女を守るの? まさかその女のこと好きになっちゃったの?」


「……」


「お兄ちゃん……?」


「ねえ、夏樹なつきちゃん。操り人形って知ってる?」


「操り人形? はっ! そうか……お前、さっきのキスでお兄ちゃんを操り人形にしたな!!」


「ピンポン! ピンポン! だーいせーいかーい! よく分かったねー! でもー……お前は正直邪魔だ。今すぐここから立ち去れ。さもないと、雅人こいつの心と体と魂をお前の目の前でめちゃくちゃにするぞ」


「や、やめて! そんなひどいことしないで! お兄ちゃんは私の全てなの! お兄ちゃんがいなくなったら私は私じゃなくなるの!!」


「そう。じゃあ、早く立ち去って⭐︎」


「わ、分かった。言う通りにする」


「うんうん! いい子だねー。それじゃあ……とっとと失せろ。二度とそのつら見せるな。ねえ、雅人まさとー。早く私たちの楽園に行こうよー」


「ああ、そうだな」


「よし、じゃあ、行こっか♡」


「ま、待って! お願い! お兄ちゃんを連れていかないで! 私を一人にしないで!!」


「知るか。一生一人でなぐさめてろ」


いや! そんなのいやだよ! 待って! ねえ、待ってよ! お兄ちゃん! 私を置いていかないで! お願いだから私を一人にしないで! ねえ、お兄ちゃん! 返事してよ! お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃんってば!!」


「うるさいなー、とっとと失せろ!!」


 その直後、教室の床が突然崩れた。当然、私は下の階にある教室に落下し始める。私は自分の髪をお兄ちゃんに向かって伸ばそうとしたけど、涙のせいで狙いが定まらなかった。


雅人まさとー、妹にバイバイしてー」


「じゃあ、な……」


「よくできましたー! じゃあな、兄に寄生している妹(アニサキス)


 お兄ちゃんはその女と一緒に黒い穴の中に消えていった。お兄ちゃんの居場所は分かるけど、体が思うように動かない。どうしてだろう。


夏樹なつきさん、早く起きてください。このままだと雅人まさとさんは確実に童貞を卒業してしまいます」


「ねえ、童子わらこちゃん」


「何ですか?」


「私ってブラコンなのかな?」


「まあ、そうですね。しかし、別にそれは悪いことではありません。むしろいいと思います」


「そう、なのかな?」


「泣きたいならいくらでも泣いてください。その間に私が華麗に雅人まさとさんを救っておくので」


「その必要はないよ。それはお兄ちゃんの妹である私の仕事だから」


「そうですか。では、行きましょうか」


「うん!!」


 そう、それでこそ私の恋敵ライバルです。まあ、あなたが私と同じ気持ちかどうかは分かりませんが。

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