絡新婦(じょろうぐも)
久しぶりに人間界に来たなー。さてと、久しぶりに雅人に会いに行こうかなー。
うーんと、人間界に来るのは数ヶ月ぶりだから雅人はまだ高校生だよね。だとすると、今は高校にいるのかな? よし、じゃあ、とりあえず高校に行こう。
「雅人ー、待っててねー! 今そっちに行くからねー!!」
な、なんだ? 何かがこっちに近づいてくる! というか、この気配ちょっと懐かしい感じがするな。どうしてだろう。
「お兄ちゃん、どうしたの? 早く食べないと昼休み終わっちゃうよ」
「え? あー、そうだな」
うーん、気のせい、かな?
放課後、僕が自教室から出ようとすると昼休みに感じた気配がものすごい勢いでこちらに迫ってきた。
「雅人ー! 久しぶりー! 会いたかったよー!」
「雷獣拳・極!!」
「え? ちょ、待っ!!」
思わず雷獣の雷波の力を使ってしまったが、なんかどこかで見たことあるようなやつを思い切り殴ってしまったな。うーん、でもあの気配は明らかに人間じゃないなー。まあ、とりあえず安否を確認しておこう。
「おーい、大丈夫かー?」
「いてててて……。強くなったねー、雅人。お姉さん、びっくりしちゃったよー」
「ん? この声、まさか……虎姉、なのか?」
「ピンポーン! だいせいかーい! 雅人のいとこで雅人のことがだーいすきな! 虎お姉さんだよー!!」
相変わらずテンション高いな。ん? というか、今この絡新婦は無間地獄にいるはずだよな? なんでこんなところにいるんだ?
「なあ、虎姉」
「なあに?」
「どうしてここにいるんだ?」
「うーんとねー、暇だったから来ちゃった⭐︎」
「いや、地獄ってそんな近所じゃないだろ」
「私にとっては近所だよ。蜘蛛がいる場所になら、いつでもどこでもワープできるから」
「それは知ってるよ。でも、まだ無間地獄に落ちてる途中じゃないのか?」
「あー、それはその力使って一瞬で底に着いたんだよ。だって、底に着くのに二千年かかるんだよ? そんなの絶対寝れないじゃん」
無間地獄の底に蜘蛛いるんだ……。
「そうだな。でも、まだ刑期終わってないだろ?」
「うん、まだ三百四十九京、二千四百十三兆、四千四百億年残ってるよー」
「しかも今回脱獄してるよな?」
「大丈夫だよー。私、無間地獄で働いてるから。そのうちチャラになるよー」
「どうせ子蜘蛛たちに働かせてるんだろ」
「うん、そうだよ! だって、私がやるとみんなため息吐くんだもん。だから、優秀な子たちにやらせてるんだよ」
「そうか。それで用件はなんだ?」
「うーんと、暇だったのとー、久しぶりに雅人に会いたくなっちゃったからー、来ちゃった⭐︎」
「あっ、そう。じゃあ、僕もう帰るから」
「待って。例の鬼はどうなったの?」
「とっくに分離してるよ。今は僕の姉みたいなものだ」
「そう……。あっ、久しぶりに雅人の手料理食べたいなー。ねえねえ、今から雅人の家に行ってもいい? いいよね?」
「別にいいけど、変なことするなよ」
「しないよー。雅人以外はみんなどうでもいいもん!」
「はいはい。じゃあ、行こうか」
「うん!!」
この妖怪は昔から子蜘蛛たちや自分の分身を使っていろんな悪事を働いてきた。
殺生、盗み、邪淫(淫らな行いを繰り返すこと)、飲酒(お酒に関わる悪事をすること)、妄語(嘘をつくこと)、邪見(仏教とは違う考えを説き、実践すること)、犯持戒人(尼僧や童女などへの強姦の罪を犯すこと)、父母・阿羅漢(聖者)殺害、そんな悪そのものだった虎姉が変わったのは僕と出会ってからだった。
彼女は僕を一目見た瞬間、生まれて初めて恋をしてしまったらしい。毎日僕のことを監視し、毎日僕のことを考えていた。そんなある日、彼女は地獄に行って今までの罪を償いたいと十王に述べた。虎姉は鬼姫と同じくらい厄介な存在だったため自首してくれて助かったと十王は呟いたと思う。
えーっと、あれはたしか僕が高校二年生になる少し前のことだったな。
「なあ、虎姉」
「なあに?」
「もう悪さはしないんだよな?」
「うん! 『八足 虎』はもう悪さしないよ!」
「なら、今すぐ絡新婦の力を捨てて人間になったらどうだ?」
「それは無理! 子蜘蛛たちがいなくなったら無間地獄だけじゃなくて他の地獄にも悪影響が出るから!」
「そうなのか……。地獄って人手不足なんだな」
「そうだよー。結界をアップデートできないくらい忙しいよー」
「いや、それはしてくれ。最近、なんかおかしいから」
「はーい!」




