知らないフリをするな
えっと……ここはどこだ?
待て、落ち着け。僕はたしか雪女と一緒に下校してて。
「もう目が覚めたんですか? さすがですね、先輩」
そうだ、僕は彼女に凍らされたんだ。
「鬼の力は僕が意識してなくても僕を守ろうとするからな、あれくらい大したことないよ」
「そうですか。では、先輩をここに連れてきた理由を話します」
できれば、誘拐される前に知りたかったな。
「先輩は私が雪女であることを知っていますよね?」
「え? ああ、知ってるよ」
畳の感触は気持ちいいのに、彼女の視線は冷たい。
「雪女という種族は他種族と交わることで命をつないできました。まあ、要するに……私もそろそろ、そういうことをしないといけないわけです」
「えっと、じゃあ、僕をここに連れてきたのって」
彼女は僕の方に近づくと、正座をした。
「えっと……まあ、先輩を私の……か、彼氏というか、夫にしたいからです」
「……いや、その……僕たちはまだ出会って間もないんだけど」
ここで引いたら引き返せなくなる。
「私は気にしません」
僕は気にするのだが?
「そういう問題じゃなくてだな」
「とにかく先輩はおとなしく私と結婚すればいいんです!」
いや、僕たちまだ高校生なんだけど。
「いや、勝手に決められても困るんだけど」
「……そうですよね……急に結婚しろなんて言われても困りますよね……。分かりました、ではこうしましょう。私と先輩は結婚を前提にお付き合いをしている。どうですか? これなら、まだ……」
なんだよ、それ……。
「なあ、雪女さん」
「はい、何ですか?」
彼女は嬉しそうだが、本当はそうじゃないはずだ。
「理由は分からないけど、自分が好きだと思っていない相手と結婚させようとするのは、僕は好まない」
「……先輩?」
知らないフリをするな……。
「だからさ、お前の本音を言ってくれよ。お願いだから」
「……私は昔から力を制御できなくて、他人と関わるとロクなことになりませんでした。けど、先輩のことを知ってからは、この人となら一緒に歩んでいけると思ったんです。だから……」
「そうか。けど、悪いな。僕は妹以外、眼中にないんだよ」
今はこう言うしかない。
「私を助けると思って、しばらくの間、恋人のフリをするのもダメですか?」
「ダメだ」
ごめん、けど今はこう言うしかないんだ。
「そうですか。分かりました。では、しばらくおとなしくしていてください」
その直後、彼女は僕を一瞬で凍らせた。
その時の音は雨音が全て打ち消していた。