幼馴染
どうしてこいつは昔から僕に絡んでくるんだ?
まあ、別に嫌いというわけではないが、いくら幼馴染でも距離感というものをだな……。
「雅人ー、私と部活作ろうよー」
は? 部活?
悪いが、僕はそんなものには興味がない。
というか、そもそも僕に部活をする時間などない。
僕の人生は妹のためにあるのだから、そんなことに時間を割ける余裕はこれっぽっちもない。
「うるさいなー、僕のことはほっといてくれよ」
「えー、やだー。雅人が一緒じゃなきゃ気乗りしなーい」
なんだ? その理由は? 別に僕なんかと一緒じゃなくても部は作れるだろ。
僕の幼馴染『百々目鬼 羅々』は『百々目鬼』である。
まあ、腕にたくさん目がある妖怪と思ってもらえればいい。
赤髪ポニーテールと赤い瞳が特徴的な僕より少し背の高い女の子で、昔から僕にやたら付き纏ってくる。
「僕は忙しいんだ。今日も早く帰らないと夏樹が寂しさに押し潰されてしまう」
その直後、彼女は僕の耳元でポツリと妹の嫌味を言った。
「あんなひきこもりなんかほっとけばいいのに……」
僕の地獄耳はそれを聞き逃さなかった。
「おい、いくら幼馴染でも僕の妹を侮辱するのは許さないぞ?」
彼女はニヤリと笑うと、僕から離れた。
「じゃあ、私と勝負してよ。私が勝ったら、私と一緒に部活を作る。雅人が勝ったら……私を好きにしていいよ」
おい、廊下でそんなことを言うなよ。勘違いされるだろ。
まあ、いい。要するに、僕が負けなければいいのだから。
「分かった。その勝負、受けて立つ。それで? 勝負の内容は?」
僕がそう訊ねると、彼女はスカートのポケットから十円玉を取り出した。
「本当は殴り合いがいいんだけど、雅人に勝てる確率は低いから、コイントスで決めさせてもらうよ」
なるほど、コイントスか。うん、悪くないな。
「先に言っておくが、あとで『や、やっぱり三回勝負にしようよー』とか言っても僕は聞く耳持たないからな?」
「わ、分かってるよ! ほら、さっさと始めるよ!」
「はいはい」
はぁ……めんどうだな……。
でも、まあ、よっぽどのことがない限り、僕が負けることはないんだけどね。
「私、表!」
「はいはい、裏でいいですよ」
「よし、じゃあ、行くよー! そーれっ!!」
彼女が指でコインを真上に上げた瞬間、僕は彼女の手がそれをキャッチするまでの間にコインが何回、回転するか見抜いた。
鬼の動体視力を舐めてもらっては困る。
まあ、それを含めた鬼の力のせいで体力テストの記録は全部、『計測不可能』か『なし』なんだけどね。
「ほいっ!」
そんなことを考えているうちに彼女の手の甲に十円玉が乗った。
彼女はその瞬間に左手でそれを見えないようにしたが、結果は明白である。
つまり、僕の勝利が揺らぐことはないということだ。
彼女は僕の顔を見ながら、左手を右手の手の甲から離すと同時に十円玉をひっくり返した。
「おい、ちょっと待て」
「え? な、何?」
「今、十円玉を手の平の肉で挟んだあと、ひっくり返しただろ?」
彼女は僕から目を逸らすと、それを否定する。
「な、なんのことだかさっぱり分からないなー。見間違いじゃない?」
「鬼の目はごまかせないぞ。ほら、さっさと仕切り直せ」
彼女は僕の言うことを聞かずに十円玉を飲み込む。
「おい、なぜ今飲み込んだ?」
「い、いやー、別に深い意味はないよー」
「そうか。なら、僕はこれで失礼させてもらうよ」
彼女は僕がどこかに行こうとすると、僕にすがった。
「雅人おおおおおおお! 私を見捨てないでよおおおおおおおおおおおおお!!」
「別に見捨てるつもりはない。けど、僕が部に入っても何のメリットもないだろ?」
「あるよおおおおおおおお! 大学入試の時に部活動での実績の欄を埋められるよおおおおおおお! そうすれば、少しは受かる確率上がるよおおおおおお!」
「それは全国大会出場者とかしか埋められないだろ」
「ううん! 学校から表彰されれば、書けるよおおおおおおおおおおお!」
ん? ということは、そういう部を作って実績を残せば、少しは大学入試に有利になるということか?
「……だいたいのことは分かった。要するに、プラスαを得たいんだな?」
「そうだよおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「よし、分かった。じゃあ、今日の放課後、うちに来てくれ。今日はバイトないから、ゆっくり話そう」
「ありがどう! まざどおおおおおおおおおお!!」
「あー、うっとうしいなー。ほら、ティッシュやるから、それで色々拭け」
「あー、うん、ありがどう……」
まったく、僕はお前の親じゃないっての。
はぁ……まあ、いいや。話だけでも聞いてやろう。
こうして急遽、僕の幼馴染が僕のうちに来ることになった。