それでいいじゃないか
朝。
起きると同時に平手打ちをされた。
それをやった張本人は顔を真っ赤にしながら一階に向かった。
自室の壁にめりこんでいる状態で叩かれた箇所を触ると少しだけヒリヒリした。
なんでこうなった?
まあ、理由はなんとなく分かる。
座敷童子の童子は目を覚ますと同時に昨日、自分が何を言ったのか思い出した。
僕にお兄ちゃんだとか、いつ結婚するのー? みたいなことを言っていたということを思い出し、その時の自分を呪いたくなった。
で、僕が目を覚ました瞬間、僕の頭の中から昨日の記憶を消すために平手打ちをした。
こんな感じかな?
僕はゆっくり壁から抜け出すと手首と足首と首を回した。
よし、どこも折れてないな。
僕はいつものように身支度をすると一階に向かった。
「おはよう」
「お、おはようございます。すみません、まだ朝食ができてな……」
僕は彼女の背後から彼女を抱きしめた。
「童子」
「は、はいっ!」
「昨日のことは何にも覚えてないよ」
「は……はぁ……」
「ということで、今日もいつも通りで頼むぞ」
「あっ、は、はい、分かりました」
僕は手と顔を洗うと食器を並べ始めた。
これは夏樹の箸、これはふーちゃんのスプーン、これはカプセルンのフォーク、これは僕のお茶碗、そして……これは童子のコップ。
「なあ、童子」
「は、はいっ!」
彼女がビクッとしたせいで目玉焼きがフライパンから脱走した。
僕は童子が汚れないように口でそれを受け止めた。
熱かったがすぐにそばにあった僕のお皿に盛りつけたため被害は僕の口だけで済んだ。
「童子、ケガはないか?」
「うっ……ううっ……うえええええええええん!!」
彼女はへなへなと床に座りながら泣き始めた。
どうして急に泣き始めたんだ?
まあ、とりあえず慰めよう。
僕が彼女の肩に手を置こうとすると彼女は僕の手を振り払った。
「触らないでください!」
「どうしてだ?」
「ど、どうしてって……どうしてもです!」
理由になってないぞ。
「童子、僕は別に昨日のお前が変だなんて、これっぽっちも思ってないぞ?」
「嘘! あなたに……お、お兄ちゃんだとか、いつ結婚するのー? とか言ってた私はどうかしていました。今すぐ忘れてください!」
「それは無理だな。あの時のお前はいつもより可愛かった」
「か、かわっ! や、やめてください! 私、全然可愛くありません!」
どうしてそんなことを言うんだ?
「いや、そんなことないよ。童子は可愛いよ」
「嘘です! 嘘に決まっています! いつまでも幼くて! 時代の変化に追いつくのがやっとで! いつまで経っても素直になれない私のどこが可愛いんですか!」
「今言った要素、全部可愛いに該当するぞ。自分を否定するな。お前はお前にしかなれない。僕も僕にしかなれない。そうだろ?」
「それは……そう、ですが」
「お前はお前で僕は僕。それでいいじゃないか」
僕は彼女の手をギュッと握る。
「童子、とりあえず落ち着くまでソファにでも座っててくれ。朝ごはんは僕が作るからさ」
「し、しかし!」
「しかしもお菓子もない。さぁ、行った行った」
僕は彼女を抱きかかえるとソファまで運んだ。
「今日はいい天気だな。学校行く前に洗濯物干そう」
「あっ、それは私がやっておきます」
「おっ、それはありがたいなー。じゃあ、任せた」
「は、はいっ」
僕が朝食を作っている間、彼女は洗濯物を干していた。




