タンコロリン
スーパーにはまあまあ人がいた。
もちろん、妖怪もいる。この世には人の魂や肉、感情よりおいしいものがある。
それを知ってしまったら、もう歯止めが効かない。
というか、服ごと食べるのって魚の鱗ごと食べるのと同じような気がする。
「おっかいものー、おっかいものー! きょーは雅人とおっかいものー!!」
「おいおい、あんまりはしゃぐなよ」
童子(妹)は「分かってるよー」と言いながら、こちらを向いて歩き始める。
その直後、ものすごく嫌な予感がした。
「童子! ちゃんと前見て歩け!!」
「あー、うん、分かったー。きゃあ!!」
彼女が前を向いた瞬間、タンコロリン(大きな人面柿)の子どもとぶつかり、尻もちをついた。
向こうはコテンと倒れて起き上がれなくなった。
その直後、タンコロリンの子どもが泣き始めた。
その泣き声を聞きつけたタンコロリンの母親が子どもたちと共にピョンピョン飛び跳ねながらやってきた。
「童子! 店内ではしゃぐなって言っただろ! 君、大丈夫か?」
「ちょっとあんた! うちの子に何したんだい!」
あー、嫌な予感が的中してしまったな。
「すみません。僕の前方不注意が原因です」
「え? ま、雅人は悪くないよ。だって、雅人はカートを押してて……」
彼は彼女の口を手で塞いだ。
「ん? 今、その子が何か言いかけなかったかい?」
「いえ、別に何も。なあ?」
彼女はうんうんと頷く。
彼は彼女に小声で「余計なことは言うな」と言うと、謝罪と手当てをした。
霊力を少し分け与えただけだが、妖怪は魂がなくならない限り、消滅しない。
つまり、自己修復能力が人間のそれとは次元が違うのだ。
「おや? そこらで売ってる薬より自己修復スピードが半端ないね。あんた、いったい何者だい?」
「僕は……まあ、出来損ない……ですかね」
違う! 雅人はそんなんじゃない!
彼女はそれを言いかけたが、声に出さなかった。
「そうかい。まあ、これからは気をつけるんだよ」
「はい、これからは今まで以上に気をつけます」
タンコロリンたちは舌打ちや悪口を言うことなく、その場から去っていった。
「……あ、あの……まさ」
「話は後だ。早く帰らないと、みんなが心配する」
彼は彼女に背中を向けたまま、静かにそう言った。
二人は黙々と買い物を済ませると、さっさとスーパーから出た。
帰り道。彼女が口を開くのと、彼がそれをしたのはほぼ同時だった。
「あ、あのっ」
「あのさ」
そのせいで余計に気まずい空気になった。
「まあ、なんだ……。その、さっきのは僕が周囲をちゃんと見てなかったせいで起こったから、お前は別に気にしなくていいぞ」
「そんなことないよ! さっきのは確実に私が悪いよ! だから、謝らないで!」
どっちも悪い……ということにしておきたいのだろうか。
でも、起こってしまったことは仕方ない。
これから気をつければいい。
「あー、まあ、今回はお互い悪かったってことにしよう。はい、この話はおしまい。さっさと帰るぞー」
「あっ……うん……分かった」
童子(妹)は家に帰るまで、ずっと下を向いて歩いていた。




