甘えん坊
はぁ……なんか疲れたな。
というか、まだ痛みが残っているような気がするな。
鬼姫に体を預けている間に夏樹に急所を蹴られるとは思いもしなかったけど、なんか新しい扉を開いてしまいそうになったな。
「お兄ちゃん……遊ぼう」
僕の妹は『二口女』である。
外見は人間と大差ないが、後頭部にもう一つ口がある。
夏樹は主にそっちの口で食事をする。
それがどうやってエネルギーに変換されているのかは解明されていないが、燃費が悪いのは確かだ。
一度の食事で軽く十人前は平らげてしまうのだから。
そんな妹が僕に遊ぼうと言ってきた。
兄としては妹のお願いを聞いてあげたいところだが、今の僕はこの家を守る立場にある。
だから、家の事を優先しなければならないのである。
「家事は私がやっておきます」
座敷童子は音もなく、僕の目の前に現れた。
僕は鬼の力を宿しているため、妖怪の類の気配には敏感なはずなのだが、この座敷童子は別格だ。
「いや、だから、僕の仕事を奪うなよ」
「奪うのではありません。あなたにはあなたの、私には私の役割があるので、私は今からそれをやろうとしているだけです。なので、あなたもそうしてください」
見た目が幼いせいか、余計に生意気に思えてくるのは僕だけだろうか?
「はぁ……分かったよ。じゃあ、頼んだぞ」
「はい、任せてください」
彼女はそう言うと、一瞬で姿を消してしまった。
神出鬼没だな、まったく。
「お兄ちゃん……遊ぼう」
「ああ、そうだな。それで? 何して遊ぶんだ?」
妹は両手を広げるとニコニコ笑い始めた。
え、えーっと、これはつまり、抱きついて欲しいっていうことなのかな?
僕は恐る恐る妹に近づいた。
すると、妹は僕の胸に飛び込んできた。
「おっとっと。どうしたんだ? 夏樹。ずいぶんと、ご機嫌じゃないか」
「えへへへ、お兄ちゃーん」
猫のように頬をスリスリと僕の胸に擦りつけてくる夏樹の姿を見た僕は失神しかけたが、なんとか意識を保った。
「まったく、夏樹は甘えん坊さんだなー」
「うん、そうだよー。えへへへへへー」
その時の僕は先ほどのことなど、もうとっくに忘れてしまった。
そうなってしまうほど、僕は妹に心身を癒されたのである。




