十干
手術室に戻ってくると、再び手足を枷で拘束された。
僕は罪人なのか? まあ、僕の中にいる鬼はそうだが。
「なあ、自己紹介しないか?」
「なぜですか?」
いちいち説明しないといけないのか。
僕は天蓋という笠を被った人物にこう言った。
「暇だからだよ。あと、僕はお前のことをこれっぽっちも知らないからだ」
「世の中には知らない方がいいこともあるのですよ」
なんでそうなる。
好奇心を否定するな。
「そんなこと言うなよ。時間はたっぷりあるんだから」
「あなたは変わった人ですね。いきなりこんなところに連れてこられて手足を拘束されているのに、それを実行した私のことを知りたいだなんて」
「だからこそだよ。やろうと思えば、僕を殺すことだってできたはずなのにお前は僕を生かしている。僕はその理由とお前自身のことを知りたい。ただそれだけだよ」
そいつはクスッと笑った。
なんだよ、僕なんかおかしなこと言ったか?
「少なくとも今のあなたは危険人物ではありませんね」
「分かってもらえて良かったよ」
あともう少しでこいつのことが少し分かりそうだな。
「ところであなたは十干をご存知ですか?」
「十干? えっと、甲・乙・丙・丁みたいなやつか?」
それが今回の一件とどう関わっているんだ?
「はい、そうです。まあ、日本という国を裏で支えてきた家の数だと思ってください」
「お、おう」
ん? もしかして甲さん家って、その一つなのかな?
「私はそのうちの乙……乙家の者です」
「そうか」
ん? 反応が薄いですね。
他の家の者と接触したことがあるのでしょうか?
「で? お前はどうして僕をこんなところに拉致・監禁・拘束したんだ?」
「それは上からの指示で……」
上からの指示? 政府か? それとも別の組織か?
「ということは、お前は仕方なく僕をこんなところに連れてきて時間を止めたんだな」
「な、なぜ私が時間を止めていると思ったのですか?」
いや、それはさっき一緒にトイレに向かって廊下を歩いていた時、窓の外の雲が全く動いてなかったからだよ。
「さぁな。ただ、お前は今日僕を殺すと言っていた。仕方なくとはいえ、上からの命令を無視しなかったお前が時間を守らないとは考えにくい」
「た、たったそれだけで私が時間を止めていると思ったのですか?」
少し動揺しているな。
分かりやすくて助かるよ。
「文字使いやしゃべる猫と暮らしていると、自然と視野が広くなるんだよ。もしかしたらこんなやつやあんなやつがいるんじゃないかって。あっ、ついでに言っておくけど、お前……女だろ?」
「な、なぜそう思ったのですか?」
廊下に出る前、枷を外している時、少しだけ指が当たったんだよ。
あれは男の肌の感触じゃなかった。まあ、妹のそれには及ばないがな。
「お前が僕の枷を外している時に少しお前の指が当たってたんだよ。あとは分かるな?」
「そ、そんな……。私の変装は完璧だったはずなのに、どうしてバレたのでしょう……」
それはお前が分かりやすいのと、お前自身の優しさを隠し切れてなかったからだよ。




