天蓋
雅人が玄関で靴を履いていると、童子(姉)がやってきた。
「これからバイトに行くのですか?」
「ああ、そうだよ」
童子(姉)は何も言わずに彼の背中に体を預けた。
「ん? なんだ? 一緒に行きたいのか?」
「違います。ただ、夏樹さんがあの娘に……私の妹に敵意のようなものを向けていたような気がしたので」
敵意?
そんなものがあったら今頃、童子(妹)は八つ裂きにされてるぞ。
「大丈夫。夏樹は少し警戒していただけだよ。じゃなきゃ、あんなに仲良くなってないよ」
「そう、ですか。なら、いいのですが」
心配性だな、お前は。
彼はゆっくり立ち上がると、彼女にいってきますと言ってバイト先に向かい始めた。
*
「今日のバイト終了。さあてと、帰ろうかなー」
彼が道を歩いていると、見慣れた公園のベンチに誰かが座っているのに気づいた。
もうすぐ今日が終わるというのに、こんなところでいったい何をしているのだろうが。
彼はそれ以上深く考えることなく、公園から離れていった。
が、また公園の前まで来てしまった。
あれ? 寝ぼけてたのかな?
さっきここは通ったはずなんだけど。
彼がベンチに目をやると、やはり誰かが座っている。性別は分からない。
天蓋という笠を被っているからだ。
彼はそいつに話しかけることなく、走り始める。
みんなが待っている家に帰りたい。
彼の頭の中にはそれしかなかった。
しかし……。
「どう、して……。どうして前に進めないんだよ! 僕はただ家に帰りたいだけなのに!」
「あなたは今日、ここで死にます。なぜなら、私があなたを殺すからです」
彼が声のした方を見る。
天蓋という笠を被った人物が彼の近くに歩み寄ってくる。
彼はそいつに自分の怒りをぶつけた。
「お前か! 僕を帰れなくしているのは!」
「はい、そうです」
彼はそいつの襟首を掴もうとした……が、そいつは一歩後ろに下がってそれを回避した。
そいつは彼の腹部に蹴りを入れると、縦笛を吹き始めた。
「な、なんだ? 頭が……締め付けられる!」
この笛の音が効いているということは、あなたの体のほとんどは妖怪に……鬼になっているということなのですね。
そいつは彼が気を失うまで笛を吹き続けていた。




