呪殺
スーパーにやってきた雅人と童子。
どうやら怪しい気配はもう追ってこないようだ。
「狙いは僕か? それとも童子か?」
「雅人ー、そんなことはどうでもいいから早く買い物しようよー」
僕の服の袖を引っ張る童子。
こいつの精神が幼児退行しているのと何か関係があるのか?
それとも別の何かがやつを引きつけたのか?
いくら考えても謎は深まるばかりだった。
「ああ、そうだな。とりあえず買い物を済ませようか」
「うん!」
彼女の無邪気な笑顔を見ていると、深く考えるのがバカらしく思えてくる。
僕は彼女とはぐれないように歩く速度を彼女に合わせることにした。
買い物を済ませた後、二人は家に向かって歩き始めた。
「ねえねえ、雅人ー。雅人は私のこと好きー?」
「いきなりどうしたんだ? というか、それを知ってお前はどうするんだ?」
彼女はニコニコ笑っている。
うーん、分からない。
お前はいったい何がしたいんだ?
「別にー。ただ、なんか訊きたくなっただけだよー」
「そうか」
彼女は僕がそこで会話を終わらせようとしたことに気づいた。
「まーさーとー。私の質問に答えてよー。ねえねえ」
「……べ、別に今答える必要はないだろ」
はぐらかすのは無理かな。
「なら、命令します。雅人、今すぐ私の質問に答えなさい!」
「嫌だ、と言ったら?」
彼女はニコニコ笑いながら、人差し指で『呪殺』と書いた。
ま、まさか文字の力を使うつもりなのか?
「今すぐ私の質問に答えないと死んじゃうよー。ほらほら、どうするー?」
「……はぁ……分かったよ。質問に答えるよ。だから、安易に文字の力を使おうとしないでくれ」
彼女は「はーい」と言いながら、文字を軽く握って抹消した。
「え、えーっと……ま、まあ、好きだよ。家族として、だけど」
「ふーん、そうなんだー。雅人は一応、私の彼氏(仮)になってるんだけど、まだ本気になれないのかな?」
本気?
正式に付き合うという意味か?
「うーん、なんというか、お前とそういう関係になったら今みたいに気軽に声をかけづらくなるような気がするんだよ」
「恋愛経験がない故の不安。けど、雅人が決断できない一番の理由は……夏樹ちゃんがいるから……でしょ?」
それは妹の存在が邪魔という意味か?
「そ、そんなことないよ。というか、僕は夏樹がいるから今まで生きてこられたんだぞ?」
「そうかな? 私には夏樹が雅人の枷もしくは鎖になってるような気がするよ」
そ、そんなことあるわけ……。
「ち、違っ……」
「違わないよ。ねえ、雅人。雅人の人生の主役は雅人自身なんだよ? それなのに、雅人は夏樹ちゃんばかり優先してるよね? ねえ、いつからそんな風になっちゃったの? 雅人はいつから夏樹ちゃんにとって都合の良い操り人形になっちゃったの?」
操り、人形?
僕が?
そ、そんなことはない。だって、僕は自分から夏樹のことを優先しようと決め……。
あれ? 僕はいつからそうしようと決めたんだっけ?
「僕、は……」
「はぁ……残念だけど、続きは家に帰ってからになりそうだね。ねえ? 妖怪専門の殺し屋さん」
突如として黒い渦が二人の前に出現する。
その中から現れたのはペストマスクをつけた黒影人だった。
「いつから気づいていた?」
「家を出る前からだよ。君は気配を殺すのはうまいけど、殺気を殺すのは苦手みたいだね」
なんだ? いったい何の話をしているんだ?
「そうか。だが、俺のやることはただ一つ。それは文字使いの一人であるお前を殺すことだ!!」
「へえ、そうなんだ。でも、残念。君はもう終わってるよ」
先ほど手で消したはずの『呪殺』という文字がそいつの背中から体内に侵入する。
すると、そいつはその場で倒れた。
そいつは苦しそうな声をあげながら消滅した。最初からそこには何もいなかったかのように……。




