上機嫌
五月二日……。
「お兄ちゃん! 起きて! 朝だよー! って、なんで童子ちゃんがお兄ちゃんと一緒に寝てるの?」
「え? あー、おはよう。夏樹。朝から元気だな」
雅人は夏樹(実の妹)の黒い長髪を凝視しながら、ゆっくりと上体を起こした。
「あー、うん、おはよう。じゃなくて! どうして童子ちゃんと一緒に寝てるの?」
「あー、それはまあ、昨日色々あってだな」
童子は幸せそうな笑みを浮かべている。
彼女の頬を人差し指でつつくと、嬉しそうに僕の腕にしがみついた。
「へ、へえ、そうなんだ。まあ、別にいいけど」
「ん? お前、もしかして妬いてるのか?」
夏樹は大声で否定する。
「そ、そんなことないよ! 私は別に嫉妬なんかしてないよ!」
「そうなのか? なら、今日はもうハグとかしなくていいんだな?」
夏樹は一度、自分の欲望を抑えようとした。
しかし、それは失敗に終わった。
「お兄ちゃーん! ハグしてー!」
「はいはい。まったく、お前は本当に甘えん坊さんだなー」
彼が彼女を片腕で抱きしめると、彼女は彼にしがみついた。
「私、結婚するなら、お兄ちゃんがいいなー。私のこと、一番よく分かってるし優しいし、あとかっこいい!!」
「褒めても何も出ないぞー」
二人がイチャついていると、童子が目を覚ました。
「お腹……空いた……。あっ、餃子だー。いただきまーす」
どうやら童子は寝ぼけているようだ。
彼女は雅人に抱きつくと、彼の耳を甘噛みした。
「くっ! お、おい! 童子! 耳を噛むな! というか、離れろ!」
「童子ちゃん! お兄ちゃん困ってるよ! 今すぐ離れて!!」
童子は夏樹の一点を見つめ始める。
童子はニヤリと笑うと、彼女の両頬に手を添えた。
「うわーい、ブラッドオレンジだー」
彼女はそう言いながら、夏樹に顔をぐいと近づける。
「え? ちょ、ちょっと! 私にそういう趣味はないよ! お願い! 童子ちゃん! 目を覚まして! 今なら、まだ間に合うから!」
「それは無理ー」
夏樹のファーストキスが奪われそうになった時、童子は雅人にお姫様抱っこされた。
「いい加減にしろよ。まったく」
「あー、雅人だー。おはようー。今日もかっこいいねー」
これはいつもより酷いな。
「はいはい。夏樹、大丈夫か?」
「あっ、うん……だい、じょうぶ」
私、女の子に迫られてドキドキしちゃったよ。
もうー! 童子ちゃんのバカー!
「雅人ー。おはようのチューは?」
「は? お前、いつまで寝ぼけてるんだ? いい加減にしろよ」
彼女は手足をバタつかせて駄々をこねる。
「ヤダヤダ! おはようのチューしてー!」
「え、えーっと、ほっぺたでいいか?」
彼女は満面の笑みを浮かべながら、彼にこう言う。
「うん! いいよ! 早くしてー」
「じゃ、じゃあ……行くぞ」
彼は彼女の頬にキスをした。
「はい、よくできました。お礼に雅人のほっぺたにチューしてあげるー」
「え? いや、いいよ。僕は」
彼が断ろうとすると、彼女は涙目になった。
「雅人は私のこと、嫌い?」
「え? い、いや、嫌いじゃないぞ。でも、その……さすがに恥ずかしいというか、なんというか」
彼女は目をパチクリさせる。
「なんで? ただの挨拶だよ?」
「あー、そうだな。そう、だよな。よし、分かった。童子、チューしていいぞ」
彼女はニッコリ笑うと、彼の頬にキスをする。
「やったー! それじゃあ、行くよー。おはよう、雅人」
「……ち、知人でもこの威力なのか……。恐ろしいな、キスというのは」
彼女は彼にキスをできて満足したらしく、それからはずっと上機嫌だった。




