失神
休日でも僕のやることはほとんど変わらない。
妹を起こして、朝ごはんを作って、その他の家事をして、バイトをして、宿題等をやって寝る。
このサイクルに学校に行くか行かないかが加わるが、それは別にどうでもいい。
それよりも妹が僕のことを嫌いになったり、グレたりしないか心配だ。
妹は僕と同い年だから、高校二年生……つまり今年で十七歳だ。
思春期真っ盛りの女の子は身体・精神共に大人っぽくなる。
だから、急にお兄ちゃん離れしたり、性格が変わる可能性は少なからずある。
僕はそれが気になって仕方がない。
「……」
妹は後頭部にあるもう一つの口でほとんどの栄養補給を済ませる。
それは『二口女』特有の体質であるため、別におかしくはない。
しかし、いつ「お兄ちゃん、嫌い!」とか「お兄ちゃん、ウザい!」とか「こっち見るな! 気持ち悪い!」と言い出すか分からない。
だから、僕は妹がそうならないように密かに祈っている。
「お兄ちゃん」
「おう、なんだ?」
僕がリビングを掃除していると、夏樹はこちらにやってきた。
「なんか、顔赤いよ?」
「え? そうかな?」
額に手を当ててみるが、別に熱があるようには感じられなかった。
「お兄ちゃん、ちょっと屈んで」
「ん? ああ、分かった」
僕が少し屈むと、妹は僕の額に自分の額を重ね合わせた。
「やっぱり少し熱いよ。今日はもう休んだら?」
「いや、そういうわけにはいかないよ。あとはトイレ掃除と二階の掃除を」
妹は僕の額にデコピンすると、首を横に振った。
「ダメ。今日はもう休んで。バイトも行かなくていいから」
「けど……」
僕が最後まで言い終わる前に、妹は僕にこう言った。
「私の言うこと聞けないお兄ちゃんなんて……私のお兄ちゃんじゃない」
それを耳にした瞬間、僕は意識を失った。
「……ちゃん……」
ん? なんだ?
誰かの声が聞こえる。
「……にい……ちゃん……」
あー、なんか聞き覚えのある声だな。
とても心が癒される。
「……お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」
そうだ……。僕はたしか意識を失ったんだ。
けど、この声の主のところに行かないといけない気がするな。
僕が目を開けると、そこには涙目で僕の方を見ている妹の姿があった。
「夏樹……お前、なんで泣いてるんだ?」
「泣いてなんか……ないもん」
やせ我慢しなくていいのに。
「そうか。それで? 僕はどうしてソファに横になってるんだ?」
「それは……私がお兄ちゃんにひどいこと言ったから」
記憶にないな。
いや、拒絶したと言った方が妥当かな。
「僕は何も覚えてないから大丈夫だよ。それより、もう泣き止んでくれよ。な?」
僕が微笑みを浮かべながら、妹の頬に手を添えると妹はその手を掴んだ。
「うん……! うん……!」
妹はしばらく僕のそばで泣き続けていた。