テクニシャン
僕が浴室で髪を洗っていると誰かが浴室に入ってきた。目を開けるとシャンプーが目に入ってしまうため僕は目を閉じた状態でこう言う。
「誰だー? 童子かー?」
「さぁ? 誰でしょう」
この声は僕の最愛の妹、夏樹の声だな。
どんなに辛い時でも、この声だけは耳に届く。
なぜかは分からない。
しかし、それは事実だ。
つまり、妹の声には僕の細胞たちを活性化させる効果が。
「ねえ、お兄ちゃん」
「な、なんだ?」
僕の背骨をなぞっている妹の指の感触が伝わってくる。こそばゆいのと心地いいのが混ざっている。
なんだろう、頭がボーッとしてくる。
あれ? 僕って人間だっけ? 鬼だっけ?
彼は自分が何者であるのか分からなくなっていた。
それほど妹の指の感触が気持ちよかったのだろうか。
「明日から一緒に登校できるね」
「そ、そうだな。それで、お前は何しに来たんだ?」
夏樹は彼の背中に自分の体重を預けると耳元でこう囁いた。
「分かってるクセに……」
「……っ!?」
彼女は自身の黒い長髪を彼の体に巻きつける。
それと同時に彼の髪を洗い始めた。
「どうー? お兄ちゃん。気持ちいい?」
「な、なんというか……テクニシャンだな」
別にポ〇モンの特性のことではない。
彼女の指が彼の頭皮をちょうどいい力加減で刺激しているから、彼はそう言ったのだ。
「えー、そうかなー? でも、嬉しいなー。お客さん、痒いところはありませんかー?」
「えっと、もう少し右かな?」
妹は「りょーかーい」と言って、彼の頭の右側を重点的に洗い始めた。
こんな仲のいい兄妹が現実にいるわけがない。
なーんてことを言っても、この二人には通じない。
なぜなら、これが二人にとっての普通だからだ。




