アマビエ先生
羅々は保健室のベッドまで雅人を連れてきた。
彼はベッドに吸い込まれるように横になった。
彼女は自分に何かできることがないか考えた。
「え、えっと、とりあえず保健の先生、呼んでくるね」
彼は彼女の手首を掴んだ。
彼女の手首を掴んでいる手にはあまり力が込められていない。
しかし、この場からいなくなってほしくないという気持ちは伝わった。
彼女は彼の手を両手でギュッと握った。
「い、行くな……。今、一人になったら、いけない気がする……から」
「分かった。えっと、何か欲しいものとかある?」
欲しいもの。
ここに来るまで頭がぼーっとしていて、自分が歩いているのかすら分からなかった彼にとって、それはオアシスだった。
「じゃ、じゃあ、服……脱がせてくれ」
「え?」
その言葉を聞いた時、彼女の両腕にある無数の目玉たちが目を回し始めた。
彼の幼馴染である『百々目鬼 羅々』はひどく動揺している。
それが医療行為だったとしても異性かつ幼馴染である彼の服を脱がせるのに動揺を隠せずにいる。
彼女の頭の中はさまざまな楽器の音色でグチャグチャになっていた。
「上だけでいいんだ……頼む」
「わ、分かった。えっと、じゃあ、失礼します」
制服のボタンを外した後、ワイシャツのボタンに手をかけようとした時、養護教諭のアマビエ先生がやってきた。
「え? ちょ、ちょっと! あなた、何してるの!」
「あっ、先生。えっと、その、これはですね。クラスの男子が調子悪いって言ったのでここまで運んできた後、彼が服を脱がせてくれと言ったので私はそれを実行しているだけです」
アマビエ先生は「あら? そうなの?」と言うと、トテトテと二人の元までやってきた。
彼女は彼の額に手を置くと、眉を顰めた。
「ふむふむ。どうやら霊力が一気に抜けたせいで一時的に疲労状態になっているようね」
「そうなんですか? それでどうすれば良くなるんですか?」
彼女は少し考えていた。
いくつか方法があるが、それをするのに必要なものを集めるのがめんどう……というような顔をしていた。
「まあ、この子は半分鬼だから、しばらく休ませておけば大丈夫よ。あっ、でも、できるだけ彼のそばにいてあげてね。体は半分鬼でも心は人間なんだから」
「はい、分かりました」
いくら体が丈夫でも心が弱っていたら治るものも治らない。
彼女はそう言いたかったのかもしれない。
「あー、えっと、帰る時は鍵をちゃんと職員室に返しておいてね」
「はい、分かりました……」
アマビエ先生は彼女が見つめている彼の顔をチラッと見た。
人と鬼、どちらの要素も兼ね備えている存在。
もし、ここに自分しかいなかったから彼の体を解剖していたかもしれない。
しかし、目の前にいるこの少女にとって、彼は大切な存在であった。
故に彼女は何もせずにその場から去ることにした。
「……雅人」
彼の手をギュッと握っている彼女の手から少しずつ霊力が彼の体内に入っていく。
彼の顔色が良くなるのは、それから約一時間ほど経った頃である。




