厳しいな
座敷童子の童子が雅人の肩をポンと叩く。合図だ。
「お姉ちゃーん! どこー?」
「あっ、雅人! 今までどこにいたの?」
雅人さん。
たしかに今はそういう設定になっても仕方ないですが、あなたにプライドはないのですか?
「会長、すみません。混乱してますよね」
「ううん、なんとなくこうなりそうだなーって思ってたら別に大丈夫だよ」
小声で話す覚と雅人。
相手に悟られないようにするためとはいえ、抱きしめ合っている二人。
童子の心にチクリと針のようなものが刺さる。
これは演技。そう、演技です。
腹を立てている場合ではありません。
「こんなものですかね」
童子は『拘束』という文字を人差し指で書いた。
その二文字は『五体面』の方に飛んでいき、そいつの額から体内に侵入した。
「うおっ! な、なんだ! これは!?」
そいつは白い光を放っている縄のようなもので拘束された。
「お疲れ様でした。もういいですよ」
「そうみたいだな」
雅人が覚から離れようとすると、覚は彼の背後に回った。
「会長、いったい何を……」
「とうっ!」
彼女は彼の背中にしがみついた。
「えっと、これはいったい……」
「さぁ? なんだろうね。まあ、とにかく君は私が落ちないようにしてくれればいい」
悪意は感じられないな。
「分かりました」
「ありがとう。それで? 君はここでいったい何をしていたのかな?」
まともに動けない『五体面』はようやく自分が何をされたのか理解した。
「な、なぜだ! ここの連中は全て『五』の呪いによって精神年齢が五歳になっているはずだ!」
「質問しているのは、こっちなんだけどね。まあ、その問いの答えは、こうかな。私は見た目が五歳児のそれだから影響を受けなかった。そして、この男子生徒は鬼の力を宿しているから影響を受けなかった」
な、なんてこった。
後者の噂は知っていたが、前者は初耳だぞ!?
「さて、そろそろ答えてもらおうかな。君はここでいったい何をしていたのかな?」
「し、知らない! 俺は頼まれたからやっただけだ! あっ」
頼まれた?
「へえ、そうなんだ。ちなみに誰に頼まれたのかな?」
「そ、それは……」
その時、そいつの肉は膨張し始めた。
数秒でふうせんのように膨らんだそいつの体はとうとう耐えきれなくなり。
「う、うう、た、助け……」
弾け飛んだ。
「はぁ……真実は闇の中……だね」
会長は彼の背中から飛び降りると、肉片を片付けるために指をパチンと鳴らした。
「まあ、それはそれとして。どうしてこんなところに文字使いがいるのかな?」
「あっ、いや、その……童子はうちの両親が雇ったお手伝いさんみたいなもので」
童子は彼の手をギュッと握る。
「私は雅人さんの彼女(仮)です」
「ちょ、それは言わなくていいだろ!」
覚の目つきが変貌し、二人の目の前にスススーッとやってくる。
冷たい眼差しが二人の顔に向けられる。
「私はね、心が読めるせいで自分以外の生命体が嫌いになってしまったんだよ。だってさ、みんなニコニコしてても心の中では腹黒いことばっかり考えてるんだよ? もう頭がおかしくなりそうだったよ。けど、君は違った。君は妹さんのことばかり考えている。出会った時は、なんだこのシスコンって思ったよ。でもね、私は気づいてしまったんだよ。この人となら、共に生きていけるような気がするって」
「か、会長?」
覚は両手を広げる。
「雅人くん……いや、雅人。君には私と共に余生を過ごしたいという願望はあったりするのかな?」
「……会長、今の自分にはそのような願望はありません。なので、会長の願いを叶えることはできません」
覚の両腕が弱々しく下がる。
彼女は一瞬、泣きそうになった。
「君はどうしようもない重度のシスコンだね。私は妹さんよりも魅力がないのかな?」
「そんなことありません。けど、僕は夏樹がいないとダメなんです。鬼の力に支配されずに生きていくためにはどうしても夏樹の存在が必要不可欠なんです」
いいなー。来世は君の妹になりたいなー。
「なるほどね。ということは、私はもういらないわけだ」
「会長、それは違います」
違う? 君のとなりにいられないのなら死んだ方がマシだよ。
「会長がいなくなったら、この学校の生徒・職員一同が悲しみます。あなたの親族も悲しみます。近所に住んでいる人たちも悲しみます。とにかくあなたがいなくなったら悲しい思いをする人が必ずいます。ですから、その人たちが死ぬまで生きてください」
「……厳しいな、君は。先輩に向かって……生徒会長であるこの私に向かって、そんなことを言うなんて。まったく、君は本当に……面白いやつだな」
彼は彼女の目線まで屈むと、彼女の頭を撫で始めた。
彼女は泣き顔を見せないように彼の胸に顔を埋めた。
童子はしばらく二人に背を向けていた。




