しゅ、修羅場だ
ドタドタと大きな音が二階から一階にかけて響き渡る。
足音。そう、これは足音だ。
急いでいるというより、何かから逃げているような感じがする。
いったい何から? その疑問は数秒後に明らかになった。
「おはよう! 二人とも! 今日は遅刻しそうだから、朝ごはんは二人で食べてくれ! じゃ!」
雅人がリビングから出ていこうとすると、夏樹(雅人の実の妹)の黒い長髪が彼を拘束した。
「お兄ちゃん。朝ごはんはしっかり食べないと昼まで持たないよ?」
「そ、それは分かってるけど、今日は本当に遅刻しそうで……」
夏樹は箸をテーブルの上にそっと置くと、彼の目の前までスススーッと歩み寄った。
「お兄ちゃん。急がば回れって言葉知ってる? それにもしもの時は童子ちゃんに頼めば万事解決だよ?」
「そ、それはそうかもしれないけど、今回はちょっとそうできないというか、なんというか」
その直後、トトトトッと彼の足元にやってきた存在がいた。
「ダーリン! 逃げちゃダメだよ! ほら、早く私の額にキスしてー」
「どうして朝からそんなことになってるのー? ねえ、説明してよ、お兄ちゃん」
しゅ、修羅場だ。
こうなってしまってはもうどうしようもない。
童子ー、助けてくれー。
家出中の白猫と夏樹が彼に言い寄る様を見ていた座敷童子の童子は深いため息を吐いたのち、戦場へと赴いた。
「お二人とも。朝からみっともないですよ。それから雅人さん、あなたもです。こういう時は相手が納得するまで説明しないとダメです。ということで、とりあえず朝ごはんを食べてください。続きはそのあとでもいいでしょう?」
『は、はい』
小さな大人の介入により、一時休戦となった。
はぁ……まったく、手のかかる人たちですね。
まあ、別に気にしていませんが。
*
朝食を秒で済ませた雅人は食器を洗っている童子のとなりにやってきた。
「……あ、あのさ……さ、さっきはありがとう」
「何のことですか? 私は何もしていませんよ」
お前って、面倒見いいよな。
「そ、そうか。まあ、その……気持ちだけ受け取っておいてくれ。じゃないと、なんかすっきりしないから」
「分かりました。それより、早くしないと遅刻しますよ?」
あっ、そうだった。
早くしないと……。
彼がその場から立ち去ろうとすると、彼女は彼の制服の裾を掴んだ。
「な、なんだ?」
「お弁当、忘れてますよ」
童子の目はお皿の方を向いているが、言葉は彼の方に向けていた。
「あっ、その、えっと……あ、ありがとう」
「どういたしまして。それと玄関で靴を履いたら、そのまま少し待っていてください。これは命令です」
それはつまり、お前が文字の力でなんとかしてくれるってことか。
「分かった。このお礼は必ずする」
「はいはい」
彼が歯磨き等を済ませ、玄関で靴を履く。
それから数秒後、彼はいつのまにか学校の昇降口の前にいた。
「やっぱ、すげえな。あいつ……」
彼はそんなことを呟くと、自教室を目指し始めた。




