幼児退行
雅人が目を覚ますと、座敷童子の童子の顔が目に入った。
「……あ、れ? えっと、これはいったい……」
「ようやくお目覚めですか。もう夕方ですよ」
本当だ。夕日が眩しい。
あっ、そうだ。そろそろ晩ごはんの支度をしないといけないな。
「なんか悪いな。えっと、じゃあ、晩ごはんの準備を……」
「家事は私が終わらせておきました。なので、あなたはゆっくり休んでください。あー、あと、バイト先にも連絡してありますので、今日はもう外に出ないでください。これは命令です。いいですね?」
いったい何がどうなってるんだ?
風の神様を見つけに公園まで行って、童子が誘拐犯を捕まえて……えっと、それから……どうなったんだっけ?
「あー、うん、分かった。というか……なんで膝枕?」
「最初はソファに預けておきました。しかし、それではいずれ体が強張ってしまいます。なので、速攻で家事を終わらせて……って、聞いていますか?」
なんだろう。頭がふわふわする。
フェリーに乗った後、しばらく体がふわふわするのと似ているような気がするな。
けど、なんか、あったかいな……。
「え? あー、ごめん。えーっと、何だっけ?」
「もういいです。あなたはもう休んでください」
そんなこと……言うなよ。
「ごめん……なさい」
「え?」
僕は……無力だ。
「ごめんなさい。僕、何の役にも立ってないよね」
「いえ、私はただ……」
口調がおかしいですね。
「いいんだ。僕が中途半端な存在だってことは僕が一番よく分かってるから」
「雅人さん、落ち着いてください」
いったい何が起こって……。
「僕なんて……生まれてこなければ良かったんだ」
「雅人さん、それは違います。あなたはたしかに中途半端な存在ですが、それを理解した上で人であろうとしています。自分の存在を否定しないでください。あなたのおかげでここにいられる存在がいるのですから」
鬼姫と入れ替わっている間に何があったのかは分かりませんが、幼児退行に近い何かが起こっているのかもしれませんね。
「そう、なのかな」
「そうです。ですから、あなたはあなたのままでいてください」
精神的なストレスが原因なのでしょうか、それとも。
「うん、分かった。ありがとう」
「どういたしまして……って、聞こえてないですね、これは」
彼女はスウスウと寝息を立てている彼の頭を撫でる。
「あっ、今、童子ちゃん笑ったー」
「え?」
ヒョコヒョコやってきた夏樹(雅人の実の妹)は彼女の頭を撫でる。
「笑ってたよー、ニコーって。ねえ、もう一回してー」
「む、無理です。というか、頭を撫でないでください!」
家出中の白猫が彼のお腹の上に飛び乗り、体を丸める。
「えー、別にいいじゃん。うりうりー」
「や、やめてください!」
夕日が沈んでいく。
今日はもう終わり。
けれど、その代わり、もう少しで明日がやってくる。
明日はいい日になるといいね。




