涙
僕が目を覚ますと、僕の部屋の天井が目に入った。
えっと……僕は何をして……。
そうだ! 鉄鼠はどうした!
みんなは!? 夏樹は!?
僕が上体を勢いよく起こすと、僕の両腕に長い黒髪が巻きついていた。
これは夏樹の……。どうして。
その時、僕はベッドの脇に妹の夏樹がいることに気づいた。
妹はスウスウと気持ち良さそうに眠っている。
「記憶が曖昧だな。僕はどうしてここにいるんだ?」
その時、妹の後頭部にあるもう一つの口が動き始めた。
「ようやく目を覚ましたか。まったく、だらしないな」
「お前……いつも急にしゃべり出すな……」
それは妹の意思とは関係なく勝手に動く。
まあ、妹は『二口女』だから仕方ないのだが。
「そんなことはどうでもいい。とにかく無事で良かった」
「無事……か。なあ、一ついいか?」
僕がそう訊ねると、もう一つの口は「ああ」と言った。
「僕は……その……暴走……してたか?」
鉄鼠と戦っている時、途中から僕が僕じゃないような気がしてならなかった。
というか、完全に鬼の力に支配されていたような気がする。
「暴走の一歩手前と言ったところだな」
「そうか……」
僕はやはり暴走しかけていたらしい。
久しぶりに戦ったからな、少し制御の仕方を忘れてしまっていたのかもしれない。
でも、妹やみんなに迷惑をかけてしまったな。
反省……。
「とはいえ、お前とこやつは一心同体。どちらが欠けても世界を滅ぼしかねないのだから、これからは気をつけるのだぞ?」
「善処するよ……。まあ、なんかこれからも今回のようなのことが起こりそうなんだがな」
もう一つの口は「その時はその時だ」と言った。
そうだよな。その時はその時になってからしか対処できないもんな。
「まあ、とにかく鬼の力を制御できるように精進するのだぞ」
「ああ、そうするよ。ありがとう」
もう一つの口は「礼など不要だ」というと、何も言わなくなってしまった。
「はぁ……」
僕が深いため息を吐くと、妹の手が僕を手をギュッと握った。
「……夏樹」
夏樹は無言でこちらを見上げると、ニッコリ笑った。
「お兄ちゃん……。お兄ちゃんには、私やみんながいるよ」
その時、僕の目からはあまり出ないものが出始めた。
「あれ……? おかしいな……。どうして」
妹はベッドに上がると、僕の頭を優しく撫で始めた。
「お兄ちゃん……男の子だから泣いちゃダメっていう決まりはないんだよ?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は妹を強く抱きしめた。
妹は僕の背中に手を回すと、ポンポンと背中を軽く叩き始めた。
それを扉の隙間から、こっそり見ていた座敷童子は邪魔をしないように、そっと扉を閉めた。




