オーライ
竜巻のせいで休校になってしまったため今日一日、家で過ごすことになった。
「よし、次は夏樹の番だな」
「そうだねー。えーっと、その前に童子ちゃんをどうにかしないといけないねー」
俺の膝でスウスウと気持ち良さそうに寝息を立てている座敷童子の童子。
耳かきをしている最中に眠ってしまったため 無理に起こすのは危険だった。
しかし、今はもうそれは終わった。だから、これから安全な場所に運ぶのである。
「そうだな。夏樹、頼んだぞ」
「はーい」
夏樹(雅人の実の妹)は黒い長髪で彼女を拘束すると、クレーンのように彼女を運び始めた。
「オーライ、オーライ」
家出中の白猫が誘導している。
なんだろう、工事現場で「ヨシ!」とか言ってそうだな。
「はい、終わり」
「だな」
リビングにあるマットの上に運び終えた夏樹は、ほっと胸を撫で下ろした。
「にゃー」
例の白猫は童子に近づくと彼女のそばで丸くなった。
どうやら童子のそばで寝るつもりらしい。
「それじゃあ、お願いしまーす」
「了解。右耳からにするか? それとも左耳からにするか?」
夏樹の答えは。
「右耳からでいいよー」
「分かった。じゃあ、横になってくれ」
夏樹は僕の膝の上に頭を置いた。
長くて艶のある漆黒の髪が僕に挨拶をしている。
偶然を装って触ってもいいが、今は耳かきに集中しよう。
「よし、じゃあ、始めるぞ」
「はーい」
夏樹の後頭部にはもう一つ口がある。
食事は主にこちらでする。
『二口女』という妖怪であるが故に、体の構造は人間のそれとは大きく異なる。
とは言っても髪を手足のように扱えたり、胃袋がすごいという以外、ほぼ人間に近いのだがな。
「お兄ちゃんの手、気持ちいいなー。ずっと耳かきしててほしいなー」
「そんなことしたら、僕はどこにも行けなくなっちゃうぞ? せめて僕が高校を卒業するまで待ってくれ」
卒業。
そんな日が本当に来るのだろうか?
こんな日常がずっと続いていけば、妹が誰かの家に嫁ぐなんてことは……。
あれ? なんだろう。目から汗が。
「え? ちょ、ちょっとお兄ちゃん。どうして泣いてるの?」
「いや、お前がいつか、この家からいなくなる日が来るのかと思うと、目から汗が」
お兄ちゃん……。
「私、お兄ちゃん以外、眼中にないし、私の中ではお兄ちゃんが一番だから、この家から出ていくつもりなんてないよ」
「そうなのか? けど、それだとお前は一生独身だぞ?」
お兄ちゃんと一緒にいられるのなら、私はそれでいいよ。
「別にいいよ。私はお兄ちゃん一筋だから」
「そうか。なんかごめんな。こんなことで泣いちゃいけないのに」
できれば人のままでいてほしいけど、鬼化してもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。
だから、泣きたい時は泣いていいんだよ?
「別にいいんじゃない? 私、そういう人っぽいの好きだよ」
「そうか。えっと、じゃあ、続けるぞ」
お兄ちゃん。ずっと優しいお兄ちゃんのままでいてね。
「うん!」




