海老で鯛を釣る
地下。
「雅人さんの鬼の力は利用しようと思えば、いくらでも利用できます。トランプだとジョーカーに当たります」
「そ、そうなのか? それはたしかに欲しくなるな」
童子は人差し指をピンと立てる。
「さて、どうしても欲しい物がある時、雅人さんならどうしますか?」
「うーん、お金で買えるのなら、お金が貯まるまでバイトをする……かな?」
童子は影のような男を指差す。
「雅人さんらしい答えですね。まあ、あなたはその方法ではなく、海老で鯛を釣ろうとしたのですがね!」
「そうだ。その通りだ。だが、自分の願望に忠実で何が悪い! お前たちにも物欲はあるだろう!」
開き、直るな!
「だからって、自分の息子をこんなところに閉じ込めていい理由にはならないだろ! あんた、それでもこいつの父親なのか!」
「そいつは……雅紀は俺から大切なものを奪っていった……。それは俺の妻だ! こいつが生まれなければ美智子は……。返せ! 俺の大切なものを! 今すぐ返せ!」
そうか。あんたは奥さんがいなくなった時点で心が折れてしまったんだな。
けど……。
「この光景を死んだ奥さんが見たら、どう思うんだろうな」
「何?」
雅人は真剣な表情でそいつを見つめる。
「雅紀が生まれた時、あんたは嬉しくなかったのか? あんたの奥さんはその時、どんな顔してた? 辛そうな顔してたか?」
「……だ、黙れ! お前なんかに俺の気持ちが分かるものか!」
たしかに分からないかもしれない。
けどな。
「僕には妹がいる。同い年だから、生まれた時のことはよく覚えていない。けど、妹と……夏樹と過ごしてきた日々はどれもかけがけない思い出になって、僕の心を満たしてくれている。自分の胸に手を当てて、思い出してみろよ。雅紀と共に過ごしてきた日々を」
「だ、黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ!! 俺にはもうこうするしかないんだ!!」
影のような男は牢屋の柵を黒影製の鞭で壊すと、それを雅人に向けた。
「やらせはしません!」
童子は人差し指で『屈折』と書いた。
それが鞭に当たると、鞭は進行方向を変え、真横に飛んでいった。
「やはり文字使いは厄介だな。だが、これならどうだ!」
無数の黒影製の鞭が出現した瞬間、童子は自分の額に人差し指で『切断』と書いた。
「私はここから一歩も動きません。さぁ、かかってきなさい」
「言われなくてもやってやるよ! くらええええ!」
よし、今のうちに雅紀を解放しよう。
「ここから出たいか?」
「で、たい」
そうか。
「分かった。もう文字の効果はないはずだから、力を入れれば、こんな枷すぐに外せるぞ」
「これは鬼を弱体化させるものだ。だから、今の俺では破壊できない」
それは厄介だな。
「おーい! 童子ー! この枷、なんとかしてくれないかー?」
「分かりました。はい、どうぞ」
童子は人差し指で『破壊』と書いた。
それは雅紀を拘束している枷に飛んでいった。
一つ外れると、全部外れた。
やっぱり便利な力だな。
「よし、これで逃げられるぞ」
「ありがとう。そして……さようなら」
は?
腹部に激痛が走る。
吐血。眼球の痙攣。
視界が霞む。
ゆっくりと腹部に目をやると、そこには雅紀の手が刺さっていた。
「噂通りのお人好しで助かったぜ」
「お、まえ……どう、して」
やばい……意識が遠のく。
「あいつはお前の力が欲しい。俺はお前を殺したい。殺さないと鬼の力は手に入らない。つまりはそういうわけだ」
「なるほど……グルか」
ああ、これはかなり、まずいな。
「まあ、そういうことだ。じゃあな、一生目を覚ますんじゃねえぞ」
「……さて、それは……どうかな?」
笑った、だと?
何か策でもあるのか?




