一発……ぶん殴る
放課後。
「雅人。一緒に帰ろう」
「それは別に構わないけど、部活に行かなくていいのか?」
雅人が羅々にそう訊ねると彼女は人差し指で頬をポリポリ掻きながら、こう言った。
「え? あー、まあ、今日は大丈夫だよ。本当はみんなでゴミ拾いでもしようとかなーって思ってたけど、それはいつでもできるからね」
「僕は週に二、三回くらいしか顔を出せないけど、ちゃんと部活っぽく活動してないと廃部にされかねないぞ?」
まあ、それはそうなんだけど……。
「大丈夫だよ。ちゃんとやってるから」
「本当か? 嘘じゃないよな?」
嘘じゃないよ。
「ほ、本当だよ。嘘じゃないよー」
「そうか。なら、いい。じゃあ、帰るか」
下校中。
「ねえ、雅人」
「ん? なんだ?」
ちゃんと言わなきゃ。
「雅人はさ……鬼になったりしないよね?」
「あのな、僕は今日、僕以外の鬼憑きに会って、そいつを助けるだけなんだぞ? なんで僕が鬼になるっていう話になるんだ?」
それは……。
「だってさ、よくあるじゃん。似た者同士が出会うとなんかお互いに悪影響を与えて、そのまま……」
「現実にそんなことがあると思うか? そんなの漫画やアニメの話だろ?」
この世界もその部類に入ってるかもしれないのに、どうして雅人はそんなに落ち着いてるの?
「雅人は怖くないの? 自分が自分じゃなくなって大切な物や人を無差別に破壊する存在になるかもしれないんだよ?」
「怖いよ。怖くないわけないだろ。でも、僕は自分ができることを自分ができる範囲でやらないと気が済まないんだよ。お前だって、僕がそういうやつだってことは知ってるだろ?」
まあ、一応、幼馴染だからね。
「けど、本当に危なくなった時は誰に助けを求めるの?」
「その時は座敷童子の童子に助けを求めるよ。あいつは一応、僕より強いんだ。だから、もしもの時は……」
羅々が急に立ち止まる。
「そんなこと言わないでよ。そのもしもが起こらないようにしてよ」
「羅々……」
彼女の目から透明な液体が出始める。
「約束して。明日も人として私の前に現れるって」
「もし、僕がその約束を破ったらどうする?」
彼女は彼に拳を向ける。
「一発……ぶん殴る」
「異性の攻撃は妙に痛く感じるけど、僕が完全に鬼になってしまったら、そんなもの感じなくなるぞ?」
それでも!
「そんなの関係ないよ。約束は約束だもん」
「そうか。じゃあ、約束だ」
彼は彼女の前に小指を出す。
彼女は彼の前に小指を出す。
小指と小指を絡める。
「破ったら許さないからね?」
「ああ、分かってるよ」
二つの影が動き始めたのは、それからほんの少し時が流れた後だった。