小さなわがまま
僕は今日もファミレスで働く。
妹のためだと思えば、何時間だって働ける。
けど、それだと妹を一人ぼっちにさせておく時間が長くなってしまう。
だから、そんなに長くは働けない。
それに学生の本分は勉強だ。
バイトのしすぎで勉強する時間を確保できず、成績に響いてしまうのは非常にまずい。
そのため、僕はバイトが終わるとすぐに帰宅して、課題を終わらせてから少し寝る。
僕が家に帰ると玄関には誰もおらず、がらんとしていた。
まあ、無理もない。もう少しで日付が変わってしまうのだから、寝ていない方がおかし……。
その時、僕はこちらに突進してくる黒い物体を肉眼で捉えた。
僕はそれを回避しようとしたが、それが僕に抱きつく方が早かった。
僕は最初、それに攻撃しようとしたが、体に絡み付いた何かが僕を優しく包み込んできたため、その気は失せた。
「な、なあ、もしかして、夏樹……なのか?」
黒い長髪と黒い瞳と後頭部にあるもう一つの口が特徴的な僕のワイシャツを着ている少女は間違いなく『二口女』であり、僕の妹でもある『山本 夏樹』だった。
「……おか……えり……」
妹は僕の目をしっかり見ながら、僕にそう言った。
妹の目から今にも涙が溢れそうになっている。
妹の視界を遮っている前髪の隙間から、僕のことを心配そうに見つめる二つの黒いビー玉は僕の胸をほんの少し苦しくさせた。
「こ、こんな時間に何やってたんだ? 僕が帰るまでには寝てろって言っただろ?」
妹は無口だが、感情がないわけではない。
ただ、それをうまく伝えようとすると、途切れ途切れになってしまう。
妹は僕の胸に身を委ねると、もうどこにも行かさないとでも言わんばかりに僕を強く抱きしめた。
「……いつもより……帰り……遅いから……心配……した……」
「だから、こんな時間まで起きてたのか?」
妹はコクリと首を縦に振る。
なるほど、そういうことか。僕の帰りがいつもより少し遅いから、心配してくれたんだな。
僕は妹の頭を優しく撫でながら、妹をギュッと抱きしめた。
「ごめんよ、遅くなって。でも、もう大丈夫だ。だから、もう寝よう。な?」
「……うん……分かった……」
妹はそう言うと、僕の背中にしがみついた。
どうやら、二階まで運んでもらいたいようだ。
まあ、今回はいつもより遅く帰ってきた僕に責任があるから、妹の小さなわがままを聞いてやろう。
「まったく、しょうがないな……」
僕は妹が落ちないように、しっかりと両太腿を手で支えた。
妹はその時「あっ……!」と小さな声を漏らしていたが、僕は特に気にすることなく、妹を二階まで運んだ。