空耳……だよな?
童子がゆっくりと目を開けた時、雅人は彼女の左側で寝息を立てていた。
彼の彼女の方を向いたまま、気持ち良さそうに眠っている。
「おはよう、童子ちゃん。気分はどう?」
「姉さん……。えっと、私、どうして……」
童寝さんは彼女の右側で正座をしている。彼女は童子に餓鬼との戦いのあと気を失ってしまったことを伝えた。
「そう、だったんですか」
「半ば無理やり『地獄門』を出現させたんだから、当たり前だよー。むしろ、気を失う程度で済んで良かったよ」
彼女は童子の従姉妹であるため、実の姉ではない。
けれど、昔から妹ように私を可愛がってくれた。
「心配をおかけしましたね。この借りは必ず」
「そんなのいらないよー。童子ちゃんが無事で本当に良かったよー。雅人くんも心配してたよー。童子ちゃんがこんなことになったのは自分のせいなんじゃないかって」
彼がそんなことを……。
私もまだまだですね。
「そうですか。今すぐにでも自分を鍛え直したいですが、まだ体を思うように動かせません。少し肩を貸していただけませんか?」
「いいよー。どこに行くのー?」
彼女は童寝さんから目を逸らす。
「そ、その……お花を摘みに」
「あー、なるほどー。そうだよねー。ずっと眠ってたもんねー」
こういうところがなければいいのに……。
「と、とにかく早く私を連れていってください」
「はーい。あっ、そうだ。雅人くんが起きるかもしれないから書き置きをしておこうーっと」
そういうところに気が回るのはいいのですが、そろそろ空気を読めるようになってください!
「……よし、できた。じゃあ、行こうか」
「お、お願いします」
*
「……う……うーん……あ、あれ? 童子がいない。童寝さんも。まさか! 誰かに拉致されたんじゃ!」
彼のそばにあった紙が彼の手に触れてクシャリと音を立てる。
彼はその紙に書かれた文章を読むと、ほっと胸を撫で下ろした。
「な、なんだ……。そういうことか」
雅人くんへ
童子ちゃん目を覚ましたよー。
これから二人でお花を摘みに行ってくるから部屋で待っててね。
童寝より
「ちょっと体を動かしたいな」
彼は肩を回しながら、引き戸を開けた。
彼が廊下に出ようとした瞬間、何かにぶつかりそうになった。
「す、すみません。前をよく見てなくて……って、あれ?」
彼の前には誰もいない。
たしかに何かにぶつかったはずなのに。
「気をせい……かな?」
「……覚えておいて。あなたはあなた。それ以外の何者でもない。それを忘れたら、おしまいよ」
今、誰かの声が聞こえたような。
気のせい……かな?
「おーい! 雅人くーん!」
「あっ、童寝さん。それに童子も」
さっきのは空耳……だよな?
彼は二人の元に駆け寄る。
「なあ、童子。もう大丈夫なのか?」
「完全に回復はしていませんが、なんとかしますよ」
良かった、いつもの童子。
「そうか。童寝さん、大丈夫ですか? 一人で辛くないですか?」
「大丈夫、大丈夫。童子ちゃん、結構軽いから」
逆に重かったら怖いけどな。
「そうですか。えっと、一度部屋に戻りますか?」
「うん、そのつもりだよー」
童子は彼のことをじーっと見つめている。
「なんだ?」
「い、いえ、何でもありません」
あー、いいなー。
もう結婚しちゃえばいいのにー。
「では、行きましょうか」
「うん」
そんなこんなで三人は一度、童子の部屋に戻った。