思い出作り
童子はまだ目を覚まさない。
「ねえ、雅人くん」
「何ですか?」
童寝さんは童子の手を握りながら、そう言った。
「童子ちゃんは不器用でいつも真顔で時々頑固になるけど、とっても優しい子だから仲良くしてあげてね」
「急にどうしたんですか? 何か嫌なことでもあったんですか?」
彼女は首を横に振る。
「ううん。ただ、ちょっと羨ましいなーって思っただけだよ」
「羨ましい?」
彼女は童子の指の爪を優しく撫でる。
「私、バカだからさ。どうすれば雅人くんみたいな人と出会えるのかなーって想像するだけで済ませちゃうんだよ。それに至るまでの計画を練って実行しようとしない。だから、私はきっと……ううん、ずっと独身だと思うの」
「独身を貫くのもなかなかすごいことだと思いますよ」
童寝さんは微笑みを浮かべる。
「ありがとう。でもね、座敷童子って、ずっと子どものままだから、相手にされないことが多いんだよ」
「妖怪……人間……どちらにもですか?」
彼女はコクリと首を縦に振る。
「うん、そうだよ。だって、色気の『い』の字もない存在と一緒になっても、つまらないでしょ?」
「そんなことないです! ずっと見た目が子どもでも性格や行動、雰囲気でどうにでもなります!」
彼女は「ふふふ」と笑う。
「雅人くんは優しいね。お姉さん、その気になっちゃうなー」
「え? いや、その……僕はまだ学生ですし、童子や夏樹になんて言われるか分かりませんし、だからその……そういうのは、まだ早いというかなんというか」
童寝さんは「あははは」と笑う。
「冗談だよ! 冗談! まったく、雅人くんは可愛いなー。お姉さんの好みのタイプだよー」
「じょ、冗談? な、なんだ……そういうことだったんですね。僕はてっきり……」
童寝さんは音もなく彼に近づき、彼の目の前で静止した。
「てっきり……何? 本気だと思った? もし、嫌じゃないのなら、お姉さんと思い出作り、する?」
「か、からかわないでくださいよ。というか、僕なんかが童寝さんと釣り合うわけ……」
彼女は彼の頬に手を添える。
「それは誰が決めたの? 私、そんなこと一度も思ったことないよ? ねえ、雅人くん。童子ちゃんが起きるまで、まだ時間あるよ。その間に私としておきたいこと、ない?」
「な、ない、です……」
彼女は彼の耳元でこう囁く。
「本当に? 我慢しなくていいんだよ?」
「ほ、本当に大丈夫です! ですから、少し離れてください!」
彼女は彼の背後に回る。
「童子ちゃんが起きるまで雅人くんの温もりを感じていたいなーなんて」
「……い、いいですよ。それくらいなら」
彼女は彼をギュッと抱きしめる。
「ありがとう。君みたいな人と結婚できたら、毎日楽しいだろうなー」
彼が彼女に訊ねようとした時、彼女はスウスウと寝息を立てていた。