さようなら
童子が何かに気づき、引き戸を勢いよく開ける。
「誰ですか! 私たちのことをジロジロ見ているのは!」
松の木から顔を出したそいつの肌は濁った緑色で下半身に巻いているボロボロの布以外、何も身につけていなかった。
「あいつは、たしか地獄にいる餓鬼だよね? 童子ちゃん」
「そうですね。食べ物や飲み物を手に取ると、どこからともなく火が出てきて、それらを焼き尽くしてしまうため、一生飢えに苦しみ続けるというあの餓鬼のようですね」
座敷童子の二人がパタパタと外に出ると、雅人もそのあとに続いた。
「ここは、あなたのような醜い存在が入っていい場所ではありません。今すぐ地獄に帰りなさい!」
「やーだよ! せっかく地獄の外に出られたんだ。思う存分、暴れてやるぜー!」
おかしいですね。結界の効力が弱まっていない限り、このようなことが起こるはずが……はっ! まさか、お母様に何か!!
「童子ちゃん。童世さんなら、大丈夫だよ。けど、鬼姫と戦ったせいで、かなり疲れてたよ」
「そうでしたか。分かりました、姉さんは雅人さんを守ってください。餓鬼の相手は私がします」
童寝さんはコクリと頷くと、雅人の元へと向かった。
「んー? なんだー? お前が相手をしてくれるのかー? ひっひっひっひっひ。見た目はアレだが、霊力はありそうだな」
「……今、なんと言いましたか?」
その直後、周囲の空気が震え始めた。
まるで何かに怯えているかのように。
「お前、まさか見た目が幼いことを指摘されたくらいでキレちまったのか? おいおい、そんなの座敷童子の宿命みたいなものだろ? まあ、ずっとそのままの姿の方が需要はあると思うぞ。あっはっはっはっはっは!!」
「言いたいことはそれだけですか?」
童子は足元にある石を拾うと、それを餓鬼めがけて投げた。
「おいおい、そんなの当たるわけねえだろ!」
「いいえ、当たりますよ。確実に」
その直後、石は加速した。
それは餓鬼の右腕の根本に直撃、餓鬼の右腕はドサリと地面に落ちた。
「なっ! こ、この野郎! 何しやがる!」
「ここは座敷家の敷地内です。つまり、ここで起こったことは家の力でどうにでもできます。この意味が分かりますか?」
餓鬼は自分が無謀であることをようやく理解した。
力の差がありすぎる。逃げなければやられる。
けれど、もう地獄には戻りたくない。
餓鬼の心を追い詰めていることを自覚しているかのように童子はゆっくりと餓鬼の方へと歩き始める。
「く、来るな! 来るな!! だ、誰か助けてくれー!」
「あなたを助けてくれる者など、ここにはいませんよ。さようなら」
童子が空中に人差し指で『地獄門』と書くと、餓鬼は突如として出現したその門に吸い込まれてしまった。




