うん、そうだよ
童子の自室は埃だらけではなかった。
どうやら誰かが掃除をしてくれていたようだ。
いったい誰が?
「雅人さん、少し待っていてくださいね。今、布団を敷きますから」
童子が布団を敷こうとすると、彼は彼女の足首を掴んだ。
「……れ」
「……?」
彼女はよく聞こえなかったため、自分の耳を彼の口に近づけた。
「……一人に……しないで……くれ」
彼女は微笑みを浮かべると、彼の手を握る。
「大丈夫ですよ。あなたを一人にする気はありませんから」
彼女が彼の頭を優しく撫でると、彼は彼女の足首から手を離した。
「今から布団を敷くので、少し待っていてくださいね」
彼女が布団を敷き、彼を布団まで運ぶ。
「雅人さん、何か欲しいものがあったら言ってください」
「…………」
応答なし。
先ほどのアレは寝言だったのでしょうか?
まあ、それはいいとして。
「雅人さん。あなたは将来、何になりたいですか?」
「…………」
鬼としてではなく人として生きられるのなら、夢があった方がいい。
けど、それを実現させるには、鬼の力を使わずに生きていくしかない。
「私の場合は……」
彼は彼女の手をギュッと握る。
まるで無理に楽しい雰囲気にする必要はないと言っているかのように。
「雅人さん……」
彼女が彼の手を握り返すと同時に童寝さんがやってきた。
「童子ちゃん! 雅人くんが弱ってるからって襲っちゃダメだよー!」
「姉さん、少し静かにしてください。じゃないと、一生あなたを恨みますよ?」
う、うわー。これは本気の目だー。
「ご、ごめんなさい。静かにします」
「よろしい」
童寝さん(童子の従姉妹)がその場で正座をすると、童子はポツリとこう呟いた。
「……もう少しでできたのに」
「童子ちゃん。今、何か言った?」
こういう時だけ耳が良くなるんですね。
「いいえ、何も」
「えー、そうかなー? 本当は雅人くんを襲うつもりだったんじゃないのー?」
彼女は童子に近づくと、彼女の頬を人差し指でつついた。
「そ、そんなことありません」
「じゃあ、なんで目を逸らすのー? ねえねえ」
この人のこういうところ、嫌いです。
「理由は特にありません!」
「へえー、そうなんだー。まあ、そういうことにしておこうかなー。あー、でも……」
彼女は童子の耳元でこう囁く。
「うかうかしてると、私のものになっちゃうかもしれないよー」
「……! それは絶対にダメです!!」
ん? この反応は気があるってことでいいのかな?
「冗談だよー、冗談。私は結婚とか恋愛とか興味ないよー。今のところは……だけどね」
「そうですか。では、今すぐこの部屋から出ていってください。正直、邪魔です」
今のは少し言いすぎでしたね。
「そんなこと言わないでよー。私、雅人くんに手を出す気はないんだよー。ただ弟がいたら、こんな感じなのかなーって思ってるだけなんだよー」
「抱きつかないでください。過度なスキンシップは相手を不快にさせることもあるんですよ?」
うっ……こ、これ以上はやめておこう。
「はいはい、分かりましたよー。あっ、でも、それがもし雅人くんだったら嬉しくなるのかな?」
「そ、それは……わ、分かりません」
んんー? どうしてそこで否定しないのかなー?
「ふーん、なるほどねー。そういうことかー」
「何がですか?」
自分の気持ちに気づいてないのかな?
うーん、違うなー。多分、気づいてはいるんだけど、それが本当にそうなのかが分かってないってところかなー。
「ううん、何でもないよ。ちょっと気になっただけだから」
「そう、ですか」
うん、そうだよ。
でも、いつかは決断しないといけないよ。
じゃないと、いつまでも子どものままだからね。
まあ、私が言えるようなことじゃないんだけどね。




