池の水
雅人くん自身が鬼の力を使っているわけじゃない。
それを使っているのは鬼姫。
雅人くんはただ操られているだけ。
「止まりなさい!!」
「ちょ、雅人! なんで止まるのよ!」
それは雅人くんの精神が完全に乗っ取られていないからよ。
「あんたはいったい何がしたいの? 雅人くんはあんたのおもちゃじゃないのよ?」
「わ、分かってるわよ! そんなこと!」
なら、どうしてあんたは雅人くんを物みたいに扱うの?
「こいつはあたしのおかげで生きていられるんだから、あたしが雅人をどうしようとあたしの勝手でしょ!」
「それ、あんたにも当てはまるわよ」
うっ……ぐうの音も出ない。
「う、うるさい! 雅人! そいつは敵よ! 殺しなさい!」
「無駄よ。雅人くんの神経は私が支配したから。もちろん、上書きや無効もできないようにしてあるわよ。さぁ、どうする?」
こ、このあたしが、こんなやつに!
ありえない! あたしはこんなやつになんか負けない!
「あたしが、あんたに負けるなんてことはありえない! ありえないのよ!」
「現実を見なさい! あんたの負けよ!」
違う……違う! あたしはまだ負けてない!
「クソチビー!」
「少し頭を冷やしなさい!!」
童世さんは庭の池の水を大きな手の形にすると、それで鬼姫(魂)に平手打ちをした。
その直後、鬼姫は雅人の体の奥深くまで吹っ飛ばされた。
「ふぅー……。これでしばらくは安心ね」
「やっと……終わった……」
雅人が意識を失うと同時に童世さんは彼の体を受け止めた。
「よーしよし。よく頑張ったわねー。えらい、えらい」
おかしいわね。普通は意識を失うくらいじゃ済まないはずなのに。
まあ、今はそんなことどうでもいいか。
「童子! 童寝! もう終わったから出てきていいわよ!」
童子と童寝(童子の従姉妹)は立派な松の木の幹に身を潜めていた。
「いやあ、やっぱり頭の中で書いた文字の力を使える童世さんは強いですねー」
「姉さん、そういうことを大声で言わないでください。誰かに聞かれたらどうするんですか?」
童寝さんはニシシと笑う。
「大丈夫だよ。ここに許可なく侵入できる存在なんていないんだから」
「それは……まあ……そうですが」
童子は雅人が気を失っているのに気づくと、彼の元まで駆け寄った。
「雅人さん! しっかりしてください! 雅人さん!」
「童子、落ち着いて。気を失ってるだけだから」
童世さんが彼の頭を優しく撫でると、彼の頬が少し緩んだ。
「お母様。彼のことは私に任せてください」
「え? いいの?」
彼女はコクリと頷く。
「そう。じゃあ、あとのことはよろしくね」
「はい、お母様」
童子はとりあえず彼を自室まで運ぶことにした。




