ど、どうして
童世さんと一緒に客間にやってきたのは彼女の旦那さんだった。
「こんにちは。座敷誠司です。えーっと、君が雅人くんだね?」
「あー、はい、はじめまして。山本 雅人です」
見たところ、誠実そうな人だな。
スーツを着ているから会社員……なのかな?
「誠司ー! どうして今まで連絡してくれなかったのー? まさか私以外の女と……」
「違うよ。出張先の農家のおじさんたちと仲良くなってね、その人たちと協力して新しい品種を売り出そうって話になって、それで……」
つまり、忙しすぎて電話にも出れなかったってことか。
「だからって! 数百年も音信不通なのはおかしい! 絶対おかしい!!」
「すまない。でも、本当のことなんだ。許してくれないか?」
童世さんは頬を膨らませながら、プイッとそっぽを向いた。
この人、本当にさっきまで僕の心臓を取り出したり、童子の声帯の機能を一時的に停止させてた人なのかな?
「なあ、童子。もしかして、童世さんがおかしかったのは誠司さんがいなかったからじゃないのか?」
「父は仕事場でかなり頼りにされているので、家にいる方が珍しいです。ちなみに私は今日を入れて、三回しか父の姿を見たことがありません」
嘘だろ? この人はいったい何者なんだ?
「ん? 僕の顔に何か付いているのかな?」
「あー、いえ、そうではなくてですね。あのー、あなたはいったい何者ですか?」
彼は童世さんの頭を撫でながら、こう言う。
「僕はね、趣味の一つである釣りをしている時に釣り上げてしまった人魚の肉を食べた元人間なんだよ」
「え? そうなんですか?」
あれ? だとしたら、人間が嫌いな童世さんはどうして誠司さんと結婚したんだ?
「うん、そうだよ。人魚から釣り針を引っこ抜いた時に肉が付いているのに気づかずに、その肉を普通の魚の肉だと思って味噌汁に入れて食べてしまったんだ。その結果、僕は不老不死になってしまったというわけさ」
「な、なんというか、すごい偶然ですね」
普通はそんな得体の知れないもの食べないけど。
「でも、そのおかげで童世さんと結婚できたんだよ」
「誠司は死なないから、私とずっと一緒にいられるのに、仕事ばっかりでつまんない!」
童世さんって、本当はこんなに子どもっぽい人なんだな。
「そりゃ僕だって童世さんや童子と一緒にいたいさ。けど、仕事をしないとこの家は廃れてしまう」
「人間嫌い! 私の誠司をこき使って、何がしたいの?」
人間嫌いなのは、そういうことか。
「鬼も嫌い! 私を子ども扱いする種族なんて滅べばいいのに!」
理由それー!?
ああ、なんかもう、どうでも良くなってきた。
「あのー、お母様。私に用があったのではないのですか?」
童子が童世さんにそう訊ねると彼女はニコニコ笑いながら、こう言った。
「童子、おいでー。しばらく会ってなかったから寂しかったでしょー?」
「え? あー、はい」
童世さんは両手を広げている。
「童子。今の童世さんはもうお前の知ってる童世さんじゃないよ」
「そ、そのようですね」
彼が童子の背中をポンポンと軽く叩くと、彼女は童世さんの方にゆっくりと近づいていった。
「もうー! 何、恥ずかしがってるのー? ギュー!」
「お、お母様! く、苦しいです!」
なんだろう。前が見えない。
「良かった! 本当に良かった!!」
童子の従姉妹である童寝さんは大粒の涙を流している。
「よしよし。童子は一人でよく頑張ってる。だけど、たまには甘えていいんだよ?」
「お母様……」
ああ、親子っていいな。
「あっ、そうだ。雅人くん、ちょっとこっちに来てー」
「あっ、はい、何ですか?」
彼が童世さんの方に向かうと、彼女は彼の手を握った。
「あの、何ですか?」
「誠司、ごめん。もう仕事に戻っていいよ。でも、たまには連絡してね?」
彼はコクリと頷きながら、返事をする。
その後、彼は客間から出ていった。
「童子、童寝。私の後ろに来て」
二人は何も言わずに彼女の背後に回る。
いったい何が始まるんだ?
「いるんでしょ? 出てきなよ、鬼姫」
ど、どうしてその名前を!
彼の精神と鬼姫の精神が入れ替わる。
「久しぶりー、元気だった? クソチビ」
「そっちこそ、元気だった? 負け犬」
その直後、客間に冷たい空気が流れ始めた。