何も言わずに
童子の母親『童世』さんは今、旦那さんと通話中。
僕はそろそろ頭を首に引っ付けてほしいと思い、童子にこう言った。
「なあ、童子。ちょっと頼みがあるんだけど、いいかな?」
「……」
あっ、そうか。童世さんが童子の声帯に何かしたせいで声を出せなくなってるんだったな。
「すまない。えーっと、イエスの時は首を縦に、ノーの時は首を横に振ってくれ」
彼女はコクリと首を縦に振る。
「よし、じゃあ、僕の頭を首に引っ付けてくれ」
彼女はコクリと首を縦に振ると、僕の頭を僕の首に引っ付けた。
「あー、良かったー。一生、あのままだと思ったよー。あっ、そういえば心臓も……」
畳みの上には彼の心臓が二つあった。
片方は彼のもので間違いないが、もう片方は童世さんが作ったものだ。
「えっと、どっちが僕の心臓なんだ?」
彼が困っていると、童子は左側の心臓を指差した。
「え? こっちが僕の心臓なのか?」
彼女はコクリと首を縦に振った。
「そうか。ありがとな、童子」
彼が彼女の頭を優しく撫でると、彼女の頬が少し赤くなった。
「よし、あとは童世さんが帰ってくるのを待つだけだな」
彼がそう言った直後、童世さんがニコニコ笑いながら客間にやってきた。
「き、機嫌良さそうですね、何かいいことでもあったんですか?」
「うん! あのね! あのね! 久しぶりにあの人が帰ってくるんだよ!」
え? この人……誰?
「あっ! あの人の気配がする! 私、ちょっと行ってくるー!」
「え? あっ、はい」
彼女は客間から出る前に指をパチンと鳴らした。
その直後、童子の従姉妹である童寝さんが目を覚まし、童子は声を出せるようになった。
「あー、やっと解放されたー。雅人くん、大丈夫?」
「はい、僕はなんとか。童子、お前はどう……」
童子は彼に抱きつくと、静かに泣き始めた。
「えっと、急にどうしたんだ?」
「何も言わずに私を抱きしめてください。じゃないと、あなたを文字の力で一生、私の奴隷にします」
うっ、それは嫌だな。
けど、やろうと思えばいつでも実行可能なことを今しないってことは僕に慰めてほしいってことでいいんだよな?
彼は何も言わずに彼女を優しく抱きしめた。
童寝さんはその様子を温かい目で見守っていた。