返してあげない
雅人と童子と童寝さん(童子の従姉妹)が童子の実家の門の前に立つと、童子はこう言った。
「座敷童子。ただいま戻りました」
その直後、木製の門が軋轢を響かせながら開いた。
「お前の家って城か何かなのか?」
「父の趣味のせいでこうなりました」
つまり、童子のお父さんは歴史マニア……いや、お城マニアなのか?
「そ、そうなのか。でも、僕は好きだぞ。なんかタイムスリップしたみたいで」
「そうですか。それは良かったです」
僕たちがそんなことを話していると、例の門が勝手に閉まった。
その後、何十層もの結界が門に展開した。
「な、なあ、童子。あの結界って、展開したやつ以外、解除できないやつか?」
「そうでなければ、ここはとっくに陥落しています。空中だろうと地中だろうと、許可なしであの門を越えようとすれば死に至ります」
警備としては完璧だけど、もう少しどうにかならなかったのかな。
まあ、いいや。
「そ、そうなのか。すごい家だな」
「……いくら警備がすごくても尊敬に値する人がいるかどうか別です」
座敷童子がそんなことを言うと、僕たちはいつのまにか客間にいた。
「あれ? いったいどうなってるんだ? さっきまで外にいたのに」
「母の仕業です。一応、文字使いなので時を止めたり、私たちがここに至るまでの体感時間を操ったりできます」
お前もかなりチートだけど、母親はそれ以上だな。
「おかえり」
僕たちの目の前に突如として現れたのは、黒い着物と赤い帯と、おかっぱ頭と闇しか感じられない黒い瞳が特徴的な美幼女だった。
「び、びっくりした……。えっと、君はもしかして」
「童世。童子の母親」
彼女はそう言うと、僕に近づいた。
な、なんだ? 体が動かない。
彼女は僕の頬に手を添えると、耳元でこう囁いた。
「あなた、誰?」
「『山本 雅人』……です」
あれ? 口が勝手に動いたぞ?
「そう」
「お母様。彼は私の……」
童子が最後まで言い終わる前に童世さんは彼女にこう言った。
「黙れ」
その直後、童子は声を出せなくなった。
呼吸はできているようだから、おそらく声帯に何かされたのだろう。
「童世さん! 実の娘になんてことするんですか! いくら実の母親でもやっていいことと悪いことが……!」
童寝さんがそう言うと、童世さんは彼女を睨みつけた。
「うるさい」
「……っ!!」
童寝さんは意識を失った。
どうやら気絶してしまったらしい。
彼女は僕と目を合わせると、僕の心臓を引っこ抜いた。
「……心は人。体は鬼」
ちょ、ちょっと待て。
そ、それは僕の心臓……だよな?
じゃあ、なんで僕は今、生きているんだ?
痛みはない。
ということは、僕の心臓はちゃんと僕の体の中にある。
いや、ちゃんと機能させつつ、取り出せるようにしたのか?
「これ、返してほしい?」
その直後、僕は首だけ動かせるようになった。
僕が首を縦に振ると、彼女は静かにこう言った。
「ダメ。返してあげない」
その直後、僕は声を出せるようになった。
「返して……ください。それは……僕のです」
「無理」
無理?
「どうして、返してくれないんですか?」
「とても危険なものだから」
とても危険なもの?
「でも、それがないと僕は死んでしまいます」
「大丈夫。ほら、見て」
彼女が心臓の一部を千切ると、それは立派な心臓になった。
僕の心臓が……二つになった。
「こっちは処分する。その代わり、あなたには私が作った心臓をあげる」
「ちょ、ちょっと待ってください! 僕の心臓はこの世に一つしかありません! あなたが作ったものではダメなんです!」
童世さんは両手に持っていた心臓を後ろに放り投げると、僕の襟首を掴んだ。
「何が不満なの?」
「初対面の相手に、あんなことをするのはおかしいです! あなたは自分が何をしたか分かっているんですか?」
彼女は僕を押し倒すと、畳の一部を千切った。
その後、木切れの先端を僕の目の前まで近づけた。
「痛みと快感……どっちを倍にされたい?」
「どちらも嫌です! というか、あなたの娘さんが久しぶりに帰ってきたんですよ! 何か言ってあげてくださいよ!」
彼女は木切れを後ろに放り投げると、僕の頭を引っこ抜いた。
つまり、僕はデュラハンのような状態になってしまったのである。




