小さい手
これが……童子の実家か。
雅人は童子と童寝(童子の従姉妹)と共に童子の実家の前までやってきた。
「な、なあ、童子。家に忘れ物をしたとか言ったら怒るか?」
「今さら怖くなったんですか? あなたは一応、強い方の部類に入るんですから、もっと堂々としていてください」
そう言う童子の体は微かに震えている。
あんなに実家に帰ることを拒絶していた童子が今、ここにいる。
母親に顔を見せたくない。
会いたくない。
けれど、僕と一緒なら頑張れる。
そんな思いを僕は無駄にはできない。
いや、無駄にしてはいけない!
「そう、だな。さっきの言葉は忘れてくれ。もう弱音は吐かない」
「分かりました。では、参りましょうか。姉さん、行きますよ」
童寝さんはニコニコ笑いながら、僕たちの後ろを歩き始める。
「はーい。ところでさ、二人って付き合ってるの?」
「はい、そうです」
え? いや、まあ、仮ではあるけど、付き合ってはいる……のかな?
「へえー、そうなんだー。雅人くん、童子ちゃんは不器用だから、ちゃんとエスコートしてあげてね」
「は、はあ」
童子が急に早足になる。
「あっ! ちょっと待ってよ! もうー! そんなことで怒らないでよー!」
「えっと、怒ってる……のか?」
童子は真顔でこう答える。
「怒ってなどいません」
「でも、嫌な気持ちにはなった……違うか?」
彼女は急に立ち止まる。
「手を握ってください」
「そうすれば、本当のことを言ってくれるのか?」
彼女は首を縦に振る。
「分かったよ。ほら、これでいいか?」
「はい……」
童子はスタスタと歩き始める。
「小さい手だな」
「私は昔からこうです」
でも、その手で作ってくれるお前の料理はなかなかのものだぞ。
「そうか。まあ、僕は好きだけどな」
「……ロリコン」
今のをそう解釈するのか。
まあ、そう解釈されても仕方ないよな、今のは。
「今のは、その……あれだ。その手で家事をこなしたり僕や夏樹を励ましてくれるだろ? だから、決してそっちの趣味があるとかいうのではなくてだな」
「知っていますよ、そんなことくらい」
彼女は静かにそう言う。
「そうか……。それで? やっぱり怒ってたのか?」
「怒ってなどいないと言ったでしょう? ただ、その……バカにされたような気がして……それで」
そう、だったのか。
「そっか。まあ、あの人はちょっとアレだけど、悪い人ではないから気にしない方がいいぞ」
「そうですね。あの人は昔から、ちょっとアレでしたから気にした方が負けですね」
童寝さんが両手を振り上げながら走ってくる。
「今なんか私の悪口言ってたでしょー!」
「おっと、噂をすれば」
雅人と童子は走り始める。
「急ぎましょう。早く行って、早く帰りたいですから」
「そうだな、そうしよう」
二人は微笑みを浮かべながら、走り始めた。