半殺し
座敷童子の童子が家のどこかに隠れてしまったため、僕たちはリビングでくつろいでいる。
「あのー、童子の母親って、どんな人なんですか?」
雅人が童子の従姉妹である童寝さんに、そう訊ねると彼女はこう答えた。
「うーんとね、あんまり感情を露わにしない人だよ。あと、誰に対しても冷たい視線を向けてくるね」
「そうですか。ちなみに童子と接している時はどうでしたか?」
童寝さんは少し俯く。
「自分の娘と接しているような感じじゃないよ、あれは。なんというか、もう一人の自分に話しかけているような感じ……かな」
「もう一人の自分……ですか」
二人がそんな話をしていると、夏樹が童子の名前を呼び始めた。
「わーらーこーちゃん! どうして実家に帰りたくないのー?」
「夏樹。今はそっとしておくのが一番だぞ」
彼がそう言うと、彼女は真剣な眼差しで彼の顔を見た。
「ねえ、お兄ちゃん。童子ちゃんが苦しんでる時に力になりたいって思うのはいけないことなの?」
「それは……別に悪くはないけど」
彼女は彼に近づくと、彼の手の握った。
「お兄ちゃんは誰かが苦しんでる時に力になってあげたいって思わないの?」
「思うよ、思うけど……僕みたいな部外者が口を出していいようなことじゃないんだよ」
彼女は彼の胸に手を当てる。
「お兄ちゃんが人のまま生活できてるのは、ほとんど童子ちゃんのおかげだよね?」
「そ、それは……まあ、そうだな」
彼女はニッコリ笑うと、彼にこう言う。
「でしょ? だからさ、今回はその恩返しだと思えばいいんだよ。それなら、問題ないでしょ?」
「……そう、だな。そうだよな。よし、分かった。じゃあ、さっそく……」
彼が童子探索隊を結成しようとした時、彼女は現れた。
「……抱きしめてください」
「え? あー、うん、分かった」
彼は少し俯いている童子をギュッと抱きしめてやった。
「えっと、その……大丈夫なのか?」
「何がですか?」
座敷童子は彼を強く抱きしめる。
「いや、実家に帰りたくないって言ってただろ? 本当は帰った方がいいんじゃないのか?」
「そうですね。母の命令は絶対です。従わなければ、私はここにいられなくなります。けれど、私はもう帰りたくありません。母に……顔を見せたくありません」
そこまで嫌なのか。
いつも冷静で大抵のことは自分でやろうとして辛いとか休みたいとか言わないはずなのに。
こいつは今、本気で母親を拒絶している。
彼女の体が小刻みに震えている。
こいつでも、恐怖を感じることがあるんだな。
「じゃあ、僕と一緒に行こう」
「ダメです。あの人は人間と鬼を恨んでいます。あなたのような鬼の力を宿した存在が出向けば、確実に殺されます」
えー。
「あ、あのさ、もしかしてお前の母親も『文字使い』なのか?」
「はい、そうです。今の私ほどではありませんが、あなたを廃人にできるくらいの力はあります」
えー、何それー。
「えっと、なんとかそうならないようにできないのか?」
「私があなたの中にある鬼の力を誰にも察知できないようにすれば、半殺しで済むかもしれません」
それでも半殺しにされるのか……。
「よ、よし、なら、そうしてくれ」
「いいのですか? 察知できないようにするということは何が起きても鬼の力を使えないということなんですよ?」
お前がずっとこのままよりかはマシだよ。
「分かってるよ。けど、そうしないとお前の母親に会えないんだろ?」
「それは……まあ、そうですが」
お兄ちゃん! あともう少しだよ! 頑張って!
「僕はさ、今までの恩返しがしたいんだよ。だから、やってくれ。その結果、僕はどうなってもいいから」
「分かり……ました。あまりやりたくはないですが、私もかなり辛いので今回はあなたの力を借ります」
というわけで僕と童子は童子の実家に行くことになった。