兄離れ
やっぱり言いすぎたかな?
いや、でも本当のことだし……。
あー、でも些細なことでケンカして、それから気まずくなって……っていうのがあるからな。
雅人は自分にたまには家のことをしなくてもいいと言ってくれた座敷童子の提案をなかったことにした。
彼がそのことについて考え始めたのは朝の二時頃からだった。
「はぁ……どうして僕は童子にあんなことを言っちゃったんだろう……」
彼がそう呟くと、彼の部屋の扉が開かれた。
「困ってる子はいねえかー」
「え? 夏樹? 今日はずいぶんと早起きだな」
夏樹(雅人の実の妹)は彼が横になっているベッドに腰を下ろすと、彼の額に手を置いた。
「まあね。なんかお兄ちゃんが困ってる気がして」
「お前は超能力者か、何かなのか?」
夏樹は微笑みを浮かべながら、こう言う。
「違うよ『二口女』だよ」
「ま、まあ、そうだな」
彼女は楽しそうに彼の額を撫でている。
「な、なんだ? 僕のおでこから何か出てくるとでも思ってるのか?」
「別に。ただ、こうしてるとなんか楽しいなーって」
楽しい……のか?
「ねえ、お兄ちゃん。私で良ければ、話聞くよ」
「相談料とかは払わなくていいよな?」
妹はクスッと笑う。
「何それー。そんなの払わなくていいよー」
「だ、だよな。えっと、じゃあ、話すぞ」
彼は彼女に座敷童子との一件を話した。
「なるほどね。つまり、私が寝ている間に夫婦喧嘩をしていたってことだね」
「ふ、夫婦喧嘩じゃないよ」
彼が彼女から目を逸らすと彼女はニコニコ笑いながら、こう言う。
「あははは。お兄ちゃん、顔真っ赤だよー。どうしたのー? 風邪ー?」
「ち、違う! ただその……あいつとはそういう関係じゃなくてだな……」
彼女は「はいはい」と言って、彼の額から手を離した。
「お兄ちゃんは時々、頑固になるから気をつけた方がいいよ。今回みたいなことになりかねないから」
「は、はい」
夏樹は僕のこと、よく見てるんだな。
「まあ、今回の件はどっちも悪いから童子ちゃんに会ったら、ちゃんと謝った方がいいよ」
「そ、そうだよな。分かった、ありがとな、夏樹」
彼女は「どういたしまして」と言うと、スッと立ち上がった。
「私、もう少し寝ることにするよ。お兄ちゃんはどうする?」
「え? あー、そうだな……。じゃあ、僕もそうしようかな」
今までの流れ的に僕と同じベッドで寝るんだろうな。
「そっか。じゃあ、おやすみー」
「ああ、おやすみ……って、あれ? 一緒に寝ないのか?」
彼が彼女にそう訊ねると、彼女はこう答えた。
「私、もう子どもじゃないんだよ? 一人で寝られるよ」
「そ、そうか。なら、いいんだけど」
彼女は疑問符を浮かべると、彼の部屋から静かに出ていった。
「これが兄離れ……って、やつなのかな?」
彼はポツリとそう呟くと、静かに目を閉じた。