髪の毛
バイト中、座敷童子はおとなしくしていたが、バイトが終わると僕に山羊さんを連れて来るよう言った。
断ろうと思ったが『屈服』という文字の最後の一画を書かれそうだったため、断れなかった。
文字使いが書いた文字は本当にそうなる。
つまり『死』と書かれた者は本当に死んでしまうのだ。
なぜそんな力を座敷童子が持っているのかは分からないが、今はそんなことどうでもいい。
今、僕がすべきなのは山羊さんを彼女に会わせることだ。
「あのー、山羊さん。あなたに会いたいと言っている人がいるのですが……」
更衣室を出ようとしていた山羊さんと遭遇。
良かった、まだ帰ってなくて。
「え? 私に、ですか? それって、あなたの後ろにいる娘のことですか?」
え? ちょ、なんでついてきてるんだよ!
「おい! 童子! これはいったいどういうことだ?」
僕が彼女と目線を合わせた後、小声で彼女にそう言うと彼女は僕の襟首を掴んだ。
「私が何をしようと私の勝手です。あなたには関係ありません」
「そういう問題じゃないんだよ。ここは関係者以外、立ち入り禁止で……」
座敷童子は自分の額に『関係者』と書いた。
「はい、これで私はこの店の関係者です」
「え? は? ちょ、そんなあっさり……」
彼女はいつのまにか僕の背後に移動していた。
「はじめまして。私は座敷童子の座敷童子と申します。以後、お見知りおきを」
「あっ、えっと、この店で働いている山羊と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
あのー、山羊さん。
そんなやつに頭を下げる必要はありませんよー。
「私を子ども扱いしない人は嫌いじゃありません。ですが、他人の大切なものを奪おうとする人は嫌いです。あなたは週末、雅人とデートをするそうですね?」
「え? あー、まあ、そうですね。私のピンチを助けてくれた雅人に、せめてものお礼をと思いまして」
山羊さんはいい人だ。
お前が思っているようなことをしたりはしないぞ!
「それは建前ですよね? 本当は彼を物理的に食べる予定だった……違いますか?」
「お、お前な、それはいくらなんでも……」
その時、今まで感じたこともないような殺気が立ち込めた。
「なぜ、そう思ったんですか?」
「雅人は知りませんが、鬼の力を宿した者の肉や魂は強い生命力と霊力に満ち溢れています。そのため、それらを食した者はとてつもなく強くなります。この世の誰よりも、何よりも」
え? そうなのか?
初耳なんだが。
「でも、私は山羊ですよ? ベジタリアンですよー」
「あなたは人に近い山羊ですし、そうでなくても妖怪やその類いは、その気になれば魂を食らえます」
いや、だからと言って、山羊さんが僕の体を狙っているなんてことは……。
「証拠はあるんですか?」
「そんなのあなたの口の中にありますよ。それ、髪の毛ですよね? 雅人の」
え? ちょ、嘘だろ!
まさか本当に!
「よく分かりましたね。いつから気づいてたんですか?」
「私がこの店に来た時からです。この店の従業員の中で唯一、人の死角に入った時にだけ何かを咀嚼するように口を動かしていましたから」
ええ……。
ん? ちょっと待て。なんで口の中にあるものが僕の髪の毛だっていうことが分かったんだ?
もしかして、透視とか成分分析とかも使えるのか?
文字使いって、なんでもありなんだな。
「そこまで分かっておいて、私の前に現れたのはなぜですか?」
「そんなの決まっていますよ。週末、雅人は私たちとデートをすることになっています。そこにあなたは必要ない。というより、あなたには来てほしくないんですよ」
えっと、いったいどうなるの? この状況……。