安田 笑子
ここか……いつも怯えている娘がいる家は。
「ごめんくださーい! 専門家を連れてきましたー!!」
「おい、羅々。適当なこと言うな」
「なんで? 事実じゃん」
「僕は妖怪や怪異の専門家になった覚えはないぞ?」
「え? 雅人はそういうものから何度もこの星を救ってるんだから専門家を名乗ってもおかしくないと思うよ?」
「そうか。でも、僕はただ目の前の問題を解決してきただけだから専門家になんて一生なれないよ」
「そっかー。まあ、雅人がそれでいいのならそれでいいんじゃない? あっ! 例の娘出てきた! じゃあ、あとよろしくー」
「あっ! こら! 待て! 僕はこの娘のことほとんど何も知らないんだぞ!!」
「知らない方がいいよー。ぜーんぶ余計な情報だからー」
「そんなわけあるかー! 早く戻ってこーい!!」
「……あなた、誰?」
「え? あー、えーっと、僕は『山本 雅人』。君を助けに来た者だよ」
「ふーん、そうなんだ。まあ、とりあえず中に入って」
「え? あ、ああ、うん、分かった」
うーん、今は怯えてないな。どうしてだろう。
「いい家に住んでるんだね。うちのリビングより広い。でも、なんでもうカーテン閉めてるの? まだ夕方だよ?」
「見たく、ないから」
「え?」
「カーテンはいつも閉めてる。そうしないと見たくないものが見えちゃうから」
「見たくないもの……それって何なの? 幽霊? 妖怪?」
「人間」
「……えーっと、それって同族嫌悪みたいなものなのかな?」
「ごめん、私の言い方が悪かった。人間に限らずこの世の生物全て」
「生き物が嫌いなの?」
「違う。でも、怖い」
「怖い?」
「魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類、植物、虫……とにかくこの世生物全部怖い」
「……じゃあ、僕は?」
「……あなたは……よく分からない」
「よく言われるよ」
「ごめんなさい。でも、本当に分からないの。あなたは生物なのに生物じゃない部分が多くて、とにかく霧いうか靄みたいに見えてるの!!」
「なるほどね。今ので君が何に怯えているのか分かったよ」
「う、嘘よ、そんなの絶対嘘に決まってる! どんな医者に診せても私を治す手がかりすら見つけられなかったんだから!」
「医者には無理だよ。だって、医者には君が見ている世界が見えていないんだから」
「ま、待って。あなた、まさか本当に……」
「うん、分かってるよ。君が怯えている理由、それは……君の目が良すぎるから……もっと分かりやすく言うと君は生まれた時から生物の醜い部分しか見えていないから、かな?」
彼女は泣きながらその場に座り込む。しかし、彼女は笑っている。誰にも理解されずに苦しんでいた日々から解放されたからなのか、それともようやく解決の糸口が見えたからなのか。なんであれ、彼女は今日ようやく救われる。
「今は応急処置しかできないけど、いいかな?」
「うん……いいよ」
「分かった。じゃあ、このドリーム眼鏡を君にプレゼントするよ」
「ドリーム眼鏡? 何それ」
「君が見たいものが見える眼鏡だよ。かけてみて」
「わ、分かった。……!! す、すごい! 世界が鮮やかに見える!! きれい!!」
「それと同じ効果があるコンタクトや眼球そのものを微調整するっていうのもあるけど、どうする?」
「うーん、しばらくはこれでいい」
「そうか。じゃあ、僕はこれで」
「ま、待って! 今日このあと時間ある? お礼がしたいんだけど」
「そんなのいらないよ。これ、ボランティアだから」
「一人の人間の人生を大きく変えたのに無報酬なの?」
「報酬はもうもらってるよ」
「え? 何?」
「君のとびっきりの笑顔だよ」
「……!!」
どうしよう、私この人のこと好きになってる……。
「ねえ、お兄さん」
「ん? なんだ?」
「その、これからも私と会ってくれる?」
「ああ」
「じゃあ、次は私の部屋に来て。お兄さんに渡したいものあるから」
「渡したいもの? それって何かな?」
「それはね、私の……」
「お前にお兄ちゃんは渡さない」
「……!! あ、あなた、誰?」
「お前は知らなくていい。そんなことより、お前がお兄ちゃんに手を出そうとしたら私はお前を消す。お前がどこにいようと私はそれを実行する。つまり、これは警告だ。お前の命は常に私の手の平の上にあることを忘れず、お兄ちゃんとは一生清い関係でいろ。いいな?」
「は、はい、分かりました。女神様」
「そうか。では、さらばだ」
「え、えーっと、とりあえず今日は私の名前だけ教えておきますね! 私の名前は『安田 笑子』。あなたのおかげで私は今日初めて笑えました! ありがとうございます! これからもよろしくお願いします!!」
「お、おう、分かった」
なんか少しだけ夏樹(僕の実の妹)の気配がするな。あいつ、この娘に何かしたのかな? まあ、この娘に外傷や呪いの類は見当たらないから多分警告をしに来たんだろう。




