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夏樹、こいつはダメだ

 ついにこの日が来てしまったか……。


「お兄さん! 妹さんを俺にください!!」


 彼は昼休みに僕のいる教室にやってきて僕の目の前でそう言った。本当はこの時点でアウトだが、夏樹なつき(僕の実の妹)をなぜ好きになったのか知りたいなー。


「そうか。まあ、とりあえず座ってくれ」


「はい! 分かりました!!」


「で? 君はいつから妹のことが好きなんだ?」


「昨日からです!」


「え? 昨日?」


「はい!」


「そうか。じゃあ、昨日何があったのか話してもらおうか」


「はい! えーっと、ですね。昨日、俺が授業中に消しゴムを落とした時に夏樹なつきさんが拾ってくれて」


「その時に触れた手の感触や体温、あと『はい、どうぞ』的なことを天使の声で言われたから惚れたんだな」


「はい! そうです! いやあ、アレで恋に落ちないやつはいませんよー」


「そうか。で? 君は妹のどんなところが好きなんだ?」


「え? あー、それはまだよく分かりません。俺、そういうの言葉にするの苦手なので。でも、辞書には必ず載ってるはずです! 彼女の魅力を伝えるのに相応しい言葉が!!」


「なるほど。でも、辞書よりネットで検索した方がいいと思うぞ」


「どうしてですか?」


「辞書に載ってない情報がたくさんあるからだよ」


「なるほど。分かりました! じゃあ、明日ノートにまとめて持ってきますね!」


「ああ、分かった」


 その日の夜。


夏樹なつき、今日お前のことが好きなやつと会って話をしたぞ」


「えーっと、控えめに言ってキモいって伝えておいて」


「お前……それ伝えたらきっとあいつ学校来なくなるぞ」


「えー。でも、私、お兄ちゃん以外のオスに興味ないよー」


「お前は昔から思ったことすぐ口にするよな」


「それは言葉にしないと分からない連中がいるからだよ」


「そうか……まあ、そうだな。で? どうする? そいつ明日、お前の好きなところをノートに書いて持ってくるぞ」


「あー、うん、普通に無理。アウト。ありえない。というか、どうでもいい」


「そうか。じゃあ、一生片思いしてろって伝えていいのか?」


「それは伝えなくていいよ。面倒なことになりそうだから」


「そうか。分かった。じゃあ、僕は聞き手にまわるよ」


「オッケー。じゃあ、おやすみ、お兄ちゃん♡」


 夏樹なつき(僕の実の妹)は僕の頬におやすみのキスをすると自室に向かった。彼がこのことを知ったらきっと傷つくだろうな……。


 次の日の昼休み。


「お兄さん! 見てください! このノートの量! 軽く百冊はありますよ!!」


「そうか。じゃあ、読ませてもらうね」


「はい!」


 僕は箇条書きで書かれた夏樹なつき(僕の実の妹)の好きなところを全て読んだ。


「どうですか? 俺が本気だってこと分かってもらえましたか?」


「君の熱量は伝わったよ」


「そうですか! じゃあ、妹さんとお付き合いしてもいいですか?」


「だが、それだけだ」


「え?」


「君はあれから夏樹なつきと話したか?」


「いいえ」


「そうか。なら、まずは夏樹なつきと話せるようになれ。最初はあいさつをするだけでいいから」


「は、はぁ、分かりました」


「あー、それから君は妹と結婚したいと思っているか?」


「え? 結婚、ですか?」


「ああ」


「うーん、結婚したいとは思わないですね」


 ……は?


「何?」


「だって、そうでしょう? 男なら包容力があって優しくてきれいでスタイルが良くて性格のいい女性と結婚したいはずです。なので残念ながら妹さんと結婚したいとは思いません。あっ、でも、別に抱けないなんてことはないですよ。一応、有名なモデルの娘さんですからね」


 こいつ……。


「お兄ちゃーん! 教科書忘れちゃったから貸してー!」


「あっ! 夏樹なつきさん! ちょうどいいところに! いやあ、今日もおきれいですね」


「あー、うん、ありがと。ねえ、お兄ちゃん。教科書貸して」


「何の教科書ですか? よければ僕のを貸してあげますよ」


「あんたのはいらない。私はお兄ちゃんの教科書がいいの」


「僕とお兄さんの教科書は一緒ですよ」


「は? 全然違うよ? 何言ってるの?」


「え? いや、だって、俺とお兄さんと夏樹なつきさんは学年同じですから当然同じ教科書を使ってるわけで」


「あんたの教科書にお兄ちゃんの指紋ある?」


「え?」


「あんたの教科書にお兄ちゃんの汗染み込んでる?」


「そ、それは」


「あんたの教科書にお兄ちゃんの皮脂ついてる?」


「え、えっと」


「ないよね? 分かったらさっさと消えて。邪魔だから」


「あ、あの!」


「何?」


「俺、夏樹なつきさんに消しゴムを拾ってもらったことがあって、それでその時」


「ふーん。で? それがどうかしたの?」


「いや、あの、その時に夏樹なつきさんのことが好きになってしまいましてね、それでその……もし良かったら俺と」


「ごめんなさい」


「……え?」


「私、お兄ちゃん以外のオスに興味ないの」


「そ、そんな……」


「ごめんね。でも、私を好きになったやつらはみーんなこのこと知ってるし、私はお兄ちゃん以外を好きになることは絶対ないの。だから、諦めて」


「い、嫌です! 俺は絶対に諦めない! どんな手を使ってでも必ずあなたを!!」


「ねえ、お兄ちゃん。こいつ、私の好きなところノートに書いてるんだよね? なんて書いてた?」


「ほぼ容姿について書かれてる」


「そう。なら、まだまだだね。今のままじゃ、お兄ちゃんには一生勝てないよ」


「ど、どうしてですか?」


「お兄ちゃんはね、私が殺した虫の数や私がお兄ちゃんを想像しながら絶頂した回数を知っていても私のことを好きでいてくれるの。あんたに同じことできる?」


「そ、それは」


「ふーん、できないんだ。そっか。なら、今すぐ私の前から消えて。クラスメイトを傷つけたくないから」


「お、俺は経験豊富ですよ? あなたを絶対に満足させられます! だから!!」


夏樹なつき、こいつはダメだ」


「うん、そうだね」


『今すぐここから出ていけ!!』


「ひ、ひえー!!」


 あいつ、ノート持って帰らずに走っていったな。


「ねえ、お兄ちゃん」


「なんだ?」


「男って、私のことそういう目でしか見てないのかな?」


 夏樹なつきは今にも泣きそうになっている。


「もう嫌だよ。みんな、触らせろとか抱かせろとかそればっかり。お兄ちゃん以外のオスはみんなこうなの?」


「みんな、ではないと思う。でも、生物としてはまあ、正常だな」


「そっか。なら、しょうがないね」


 男子トイレの個室の中。


「くそ! くそ! くそ! なんで今回はいつもみたいにうまくいかなかったんだ!! 俺はこんなに魅力的なのに!!」


「ねえ、そこの君。好きな子に振り向いてもらえる力がほしくないかい?」


「そんなものがあるなら今すぐよこせ!」


「契約成立。はい、どうぞ」


「あっ! ああ……うわあああああああああああああ!!」

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