ツボ
朝起きると、毛の塊が顔の上に乗っていた。
僕がそれを退けようとすると、鞭のようなもので手を弾かれた。
今のは鞭というより毛の生えた何か……そう、シッポのような感触だった。
ああ、そうか。そういうことか。
彼は両手で毛の塊を持つと、ゆっくり持ち上げた。
「おはよう」
「……う……うーん……あっ、ダーリン。おはよう」
白猫は嬉しそうにニコニコ笑っている。
「あのさ、どうして僕のことをダーリンって呼ぶんだ?」
「それは私の未来のダーリンだからよ」
猫と結婚した人間なんているのか?
うーん、でも最近は同性と結婚してる事例もあるし、僕も一応、人と妖怪の子どもだから、やろうと思えばできるのかな?
「僕はお前と結婚する気はないぞ?」
「あなたにその気がなくても、私がちょっとあなたの精神を操って、書類にサインを……」
その時、夏樹(雅人の実の妹)が目を覚ました。
彼女は黒い長髪で猫の体を拘束した。
「そんなことさせないよ! 絶対に!」
「冗談よ。それができるなら、とっくにやってるわよ」
ええ……。
「そう。なら、いいよ」
「どうもありがとう」
夏樹は白猫を解放すると、僕の顔をじっと見つめ始めた。
「ん? なんだ? 僕の顔に何か付いてるのか?」
「ううん、別に何も付いてないよ。今日もお兄ちゃんはかっこいいなーって思っただけだよ」
かっこいい? 僕が?
「えっと、そう言ってくれるのは嬉しいけど、そういうことをストレートに言われると恥ずかしいから、やめてくれないか?」
「え? なんで? 私は事実を言ってるだけだよ?」
夏樹はそう言いながら、小首を傾げた。
「そんなに照れなくてもいいのにー、うりうりー」
白猫が僕の頬に肉球を押し当てる。
あっ、なんかこれ、気持ちいい。
というか、地味にツボを押しているような……。
「あっ! ずるい! 私もするー!」
「え? いや、ちょ、待っ」
その後、雅人は彼女たちに顔のツボを押されまくったそうだ。