ダーリン
僕が玄関の扉を開けると、野良猫たちが家の前で整列した。
二列横隊である。
「ニャー」
「お嬢! よくぞご無事で!」
お、お嬢?
というか、猫がしゃべった。
あー、でもまあ、僕が働いているお店の店長さんもしゃべれるから……って、あれは猫又だから当然というか、なんというか。
それより、お嬢って誰のことだ?
夏樹……のことじゃないよな?
僕が額にカタカナの『ノ』の字のような傷がある黒猫に目をやると、そいつは僕にこう言った。
「おい! 小僧! お嬢に何かしてないだろうな?」
「え? いや、別に何もしてないけど」
夏樹(雅人の実の妹)は僕の背後に隠れている。
こいつらに関わりたくないのか、現実から目を逸らしたいのかは分からないが、僕の後ろにいる。
「そうか。なら、いい。では、お嬢。我らと共に屋敷に……」
「えー、ヤダー。私、ずっとここにいたーい」
おい、ちょっと待て。
白猫、今しゃべったぞ?
彼に抱っこされている白猫はたしかにそう言った。
そう言ったように聞こえたのではなく、確実に人語を使った。
「そ、そんな! それでは、我らはいったいどうすれば!」
「え? いや、もう帰っていいよ。パパとママによろしくー」
なんかこいつらが哀れに思えてきたな。
「それはないですよ、お嬢。帰ってきてくださいよー。じゃないと、この家が大変なことになりますよー」
「そうならないようにするのが、あなたたちの仕事でしょー? しっかりしてよー」
他人に……いや、他猫に任せるなよ。
「あのー、ちょっといいかな?」
「小僧! お前は引っ込んでろ! こっちは今、大事な話を……」
白猫は僕の頭の上に乗ると、彼らにこう言った。
「私のダーリンに対して、そんなこと言わないで。じゃないと、あなたたちの急所を切り落とすわよ?」
『す、すみませんでしたー! どうかそれだけはご勘弁をー!」』
野良猫たちが土下座をすると、白猫は僕の腕の中に戻ってきた。
「分かればいいのよ、分かれば。ということで、今日はもう帰って。近所迷惑だから」
「し、しかし!」
白猫は例の猫を睨みつける。
「なんか言った?」
「い、いえ! 何も!」
白猫は僕の方を向く。
「ごめんね、ダーリン。怖かったよね。でも、もう大丈夫だよ」
「そ、そうか。なら、良かった」
白猫はそう言いながら、僕の頬に肉球を押し当てた。
白猫は彼らの方を向くと、こう言った。
「何やってるの? 早く帰ってよ」
「へ、へい! おい! お前ら! 今日のところは引き上げるぞ!」
野良猫たちは「へい! 兄貴!」と言った。
その直後、彼らは僕たちの前からいなくなった。
「ということで、今日からよろしくね。ダーリン♡」
「あ、ああ、こちらこそよろしく」
なんか嫌な予感しかしないのだが……。
気のせいだといいな……。