嵐鬼と鬼姫
暗雲の中。
「どうして今頃現れたの? 嵐鬼」
「鬼姫! わしの妻になれ!!」
「それ、前にも聞いたんだけど」
「わしにはお前が必要なのだ! 頼む! わしと結婚してくれ!!」
「嫌よ」
「なぜだ!?」
「そんなの簡単よ。あんたがあたしより弱いからよ」
「それは昔の話だ。今のわしは昔より強い! 確実に!」
「へえ、じゃあ、試してみてもいい?」
「ああ、もちろんだ」
「そう。じゃあ、落ちろ」
いきなり言霊の力使うのか。容赦ないな。
「う、うおおおおおおおおおお! はっ!!」
「へえ、やるじゃん」
「ど、どうだ……これがわしの……修行の成果だ」
鬼姫の言霊の力を気合いで無力化できる鬼がいるのか。すごいな。でも。
「えっと、ちなみにあと何回くらい同じことできそう?」
「へ?」
「いや、雅人なら余裕で百回耐えられるからさ」
「待て。雅人とは誰のことだ?」
「あたしたちの戦いを見てる人間っぽい何かだよ」
「そうか。では、あと百回耐えてみせよう」
「あー、うん、頑張れー」
「さぁ、いつでも来い!!」
「はいはい。落ちろ」
「ぬおおおおおおおおおおお! はっ!!」
「落ちろ」
「なっ! ちょ! 待っ!」
「もう終わりなの? だっさ」
「な、なんのこれしき!! ほおおおおお! はっ!!」
「落ちろ」
「ふんぬうううううううううう! はっ!!」
おー、やるな。でも、鬼姫はまだ言葉に気持ちを込めてないから苦しいのはここからだぞ。
「じゃあ、そろそろ気持ち込めるから」
「え?」
「行くよー、落ちろ!」
「なっ! う、うおおおおおおおおおおお! はっ!!」
「落ちろ!」
「ぐ、ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ……はっ!!」
「落ちろー!」
「くっ……! はぁああああああああああああ! はっ!!」
「落ちっろー」
「てやあああああああああああああ! はっ!!」
「落ちてしまえー」
「き、きええええええええええええええ! はっ!!」
「落ちろ!!」
「くぉおおおおおおおおおおおおおおお! はっ!!」
十回耐えたか。なかなかしぶといな。あっ、でも、十回終わると。
「はぁ……はぁ……はぁ……ど、どうした? わしはまだまだやれるぞ」
「いや、なんというか、あたしルールだと十回やった後に十回分の言霊の力を込めるんだけど大丈夫そう?」
「え? い、いや、大丈夫だ! どんと来い!!」
「あっ、そう。じゃ、遠慮なく」
鬼姫は大きく息を吸うと大声でこう叫んだ。
「落ちろー!!」
「ぐ、ぐわぁあああああああああああああああああああ!!」
「やったー! あたしの勝ちー!」
「お前、知人相手でも容赦ないんだな」
「やっほー! 雅人! ねえねえ、見てた? あいつが落ちるところ! いやあ、あいつホントバカよねー。痩せ我慢せずに無理だって言ってればこんなことにはならなかったのに」
「鬼姫、あいつはたしかにバカだけどお前と結婚したくてあそこまで頑張ったんだぞ? そこは褒めてあげてもいいんじゃないか?」
「な、何よ。あんた、あたしの味方じゃないの?」
「もちろん、お前の味方だよ。でも、僕は誰かの努力を笑うようなやつはあまり好きじゃないんだよ」
「はぁ……努力ねー。あたしその言葉、あんまり好きじゃないのよねー」
鬼姫はそう言うと地面に叩きつけられた嵐鬼に手を差し伸べに行った。
「大丈夫?」
「……わ、わしは諦めないぞ。いつか必ずお前を……」
「はいはい、分かった分かった。一人で立てる?」
「た、立て……そうにない」
「あっ、そう」
あたしは嵐鬼を立たせると暗雲まで運んだ。
「へえ、この暗雲って嵐鬼の家なのか」
「ええ、そうよ」
「これはな、鬼姫がわしのために作ってくれたんだ」
「ちょ! あんた! なんで余計なこと言うの!」
「い、いやあ、でも、事実だろ?」
「忘れたわよ、そんな昔のこと」
「そ、そんなー」
「で? 大丈夫なの? もう人間たちにいじめられてない?」
「え? あ、ああ、大丈夫だ。修行して強くなったからな」
「あっ、そう。じゃあ、その調子で今より強くなりなさい」
「ん? それって」
「勘違いしないで! あたしは人間より弱い鬼なんかと関わりたくないの! 別にあんたのことが心配だとか全然思ってないんだから!!」
「あー、そうなのか。まあ、ぼちぼち頑張るよ」
「よろしい! じゃあ、またね!」
「お、おう、またなー、鬼姫」
「ええ、またね、嵐鬼」
ほう、これは脈なしではないな。
「このあたりからメスのにおいがしますね」
「うるさいわねー、黙ってなさいよ! ちんちくりん!!」
「はいはい」
座敷童子の童子は鬼姫にちょっかいを出している。
「雅人とやら」
「ん? なんだ?」
「鬼姫のこと守ってやってくれ」
「あんたに言われなくてもそうするよ」
「そうか。では、わしはそろそろ失礼する」
「おう、またな」
「ああ」
やつは暗雲と共に姿を消した。悪いやつではなかったな。また会えるといいな。




