飯賀 北夜
美人四天王、最後の一人の容姿は幼稚園児だった。
「えっと、君ホントに僕と同じ高校二年生?」
「……はい」
彼女は部室にやってくる前からずっと下を向いている。しかも黒いパーカー、黒いマスク、黒タイツ、黒い手袋などで肌を極力見せないようにしている。彼女と廊下で会った時、宗教上の理由でそうしているのかと思ったが、一緒に部室まで向かっている時、この娘は自分の体を他人に見せたくない、いや見られたくないんだということに気づいた。
「僕の妹はさ、二口女なんだよ」
「……え?」
「世界一かわいい妹なんだけどさー、その良さが分からないやつらがいたんだよー」
「それは夏樹さんのことですか?」
「そうそう! 僕の最愛の妹だよ」
「……いいなー。誰かに愛されてて」
「龍鱗病」
「……!!」
「ある日突然、触れたもの全てを傷つける龍の鱗が全身に生える病気。それを取り除く方法は今のところ発見されていない不治の病。世界の怪病図鑑には三百年に一度この病気になる人が必ず現れるとある。そしてこの病気の恐ろしいところは鱗が体に生えるとなぜか体が成長しなくなるということだ」
「……一つ質問してもいいですか?」
「なんだい?」
「私があなたの妻になるとして、あなたはこんな醜い私を一生愛せますか?」
「うーん、どうだろう。君のことまだ知らないからなー」
「答えてください。どうなんですか?」
「うーん、その前に君の体をじっくり見たいなー」
「な、何言ってるんですか! 大人の女性ならまだしも、こんな幼児体型を見たいだなんて、あなたさてはロリコンですね!」
「うーん、どうなんだろう。あっ、でも、よくシスコンだって言われる気がする。まあ、自覚ないんだけどね」
「あなたに少しでも期待した私がバカでした! 私はこれで失礼します!!」
「この人なら私の病気を治せるかもしれない。君はそんな砂粒程度の大きさしかない希望になぜか手を伸ばしてしまった。いつもならそんなの無理だ、できっこないと自分に言い聞かせて家に帰るのに」
「……はい、そうです。ですが、あなたは」
「僕はね、君と話がしたいんだよ。それなのに君はなかなか心を開いてくれない。ということで、僕は今から君が一番やってほしくないこととやってほしいことをする。あっ、もちろん君に拒否権はないよ」
「こ、こっちに来ないでください! 警察呼びますよ!!」
「この部屋は今、あの世とこの世の狭間にあるから多分繋がらないよ」
「なっ! そ、そんなこと人間のあなたにできるわけ」
あ、あれ? 繋がらない……どうして?
「君の目の前にいるのは人間なのかなー」
「ば、化け物! こっちに来ないでください! というか、あなたいったい何者なんですか!!」
「さて、何なんだろうね」
私が目をギュッと閉じると彼は私をギュッと抱きしめた。そんなことしたら皮膚が傷ついて血がたくさん出てしまう。やめて、今すぐ私から離れて。でも、私の体は動いてくれない。どうして? どうして動いてくれないの? あっ、そうか。私は誰かにこうしてほしかったんだ……。そして私も誰かを抱きしめたかった。
「ごめんね。怖がらせちゃって」
「いえ、謝るのは私の方です。化け物だなんて言ってごめんなさい」
「別にいいよ、よく言われるから。あー、それと君の病気は」
「鱗ごと愛してくれる人に出会い、愛してもらえた時のみ、その鱗は呪いではなく愛の結晶になる」
「なんだ、知ってたのか」
「ええ、まあ。あっ、そうそう、あなたのおかげで鱗を体内にしまえるようになりましたよ」
「へえ、そうなんだ。すごいねー」
「はい! すごいです!! あっ、そういえば私の名前まだ言ってませんでしたね」
「え? あー、まあ、そうだな」
「はじめまして。『飯賀 北夜』です。甘えたくなったらいつでも呼んでくださいね、あなたのママになってあげますから」
「ママかー。ママというより娘に見えるなー」
「いいえ、ママです。誰が何と言おうと私があなたのママです! さぁ、僕ちゃん、こっちにおいでー」
うーん、なんか変なスイッチ入ってるなー。
「はいはい」
「よしよし、僕ちゃんはいい子、僕ちゃんはいい子」
その様子を天井から見ている夏樹(僕の実の妹)は血眼になっていた。ごめんよ、夏樹。でも、こうしないと再発するかもしれないから逃げられないんだよ。




