侵入者
バイトが終わると、僕はいつものようにすぐ帰宅した。
可愛い妹が僕の帰りを待っている可能性が高いからだ。
なんとか日付が変わる前には帰れそうだ。
僕がそんなことを考えながら早足で家に帰っていると公園のベンチに誰かが座っているのに気づいた。
こんな夜遅くにいったい何をしているのだろう。
仕方ない、警察に補導される前に声をかけてやろう。
僕の小さな親切心が僕の足を止めさせた。
僕はその人物のところに行き、声をかけようとした。
しかし、僕がその人物のところに到着する前にその人物は最初からそこにいなかったかのように消え失せていた。
「見間違いかな?」
僕は目をゴシゴシと擦ったあと、周りに誰もいないのを確認してから早足で家に帰り始めた。
*
「ただいまー」
僕が帰宅すると、妹の黒い長髪が僕の体に巻きついた。
僕は為す術もなく、二階の妹の部屋まで運ばれた。
「あーれー」
僕は妹のベッドまで誘導された。
どうやら添い寝をご所望のようだ。
「夏樹。ただいま」
僕がそう言うと、妹の後頭部にあるもう一つの口がしゃべり始めた。
「侵入者だ! 侵入者がいる!」
妹は『二口女』であるため、寝ている時にもう一つの口が無意識に動いてしまうことがある。
それはほとんど寝言やいびきなのだが、今回は違った。
「何? 侵入者?」
僕は鬼の力で家中に意識を張り巡らせた。
すると、微かに妖怪の気配が感じられた。
「どうやら侵入者は気配を殺すのがうまいみたいだな。さて、どうしたものかな」
僕がそう言うと、夏樹は僕の手をギュッと握った。
その手は微かに震えている。不安なのは分かる。
しかし、僕は長男として、この家を守る義務がある。だから、今妹のそばにいてやることはできない。
「……お兄ちゃん……怖いよ……。そばにいて」
前言撤回。妹はなんとしてでも守り抜いてみせる!
僕の命に変えてでも!
「分かった。じゃあ、一緒に侵入者をとっちめに行こう」
「うん……分かった……」
妹はコクリと頷くと、僕の背中に乗った。
その時、先ほどまで一階で感じられた妖気が妹の部屋の前までやってきた。
「……マジかよ」
僕は体を小刻みに震わせている妹の頭を撫でるために関節を外してから、事に及んだ。
「夏樹、怖かったら目を閉じてていいぞ」
妹は首を横に振る。
「大丈夫……お兄ちゃんと一緒……だから」
怖くて仕方ないはずなのに、妹はそう言った。
「そうか。じゃあ、しっかり掴まってろよ?」
「うん……分かった」
僕は足音を立てないように扉の前まで歩み寄ると、扉を躊躇なく開いた。
果たして、侵入者とはいったい誰のことなのか。それはまだ闇の中である。