よしよし
座敷童子はスッと立ち上がると「おやすみなさい」と言った。
「待てよ。鬼姫とお前って、どういう関係なんだ?」
座敷童子が立ち止まる。
彼女は僕に背中を向けたまま、こう答えた。
「できればもう関わりたくないランキング一位のクズです」
「答えになってないぞ?」
彼女は、つかつかとこちらにやってきた。
「あなたは知らなくていいです」
「そう言われると余計に気になるんだよ」
彼女は舌打ちをすると、僕に背を向けた。
「そんなに知りたいのですか?」
「ああ」
少し興味はある。
それは間違いない。
「分かりました。では、リビングに来てください」
「分かった」
座敷童子は僕がソファに座った瞬間、僕の膝の上に座った。
「おい、ちょっと待て」
「どうかしましたか?」
彼女は僕に背を向けたままだ。
「当然のように僕の膝の上に座るなよ」
「誰が決めたんですか?」
は?
「私があなたの膝の上に座ってはいけないということを誰が決めたんですか? 古事記にでも書いてあるんですか?」
生意気なコケシだな。
「はぁ……もう好きにしてくれ」
「そうですか。なら、そうさせてもらいます」
こんなところ夏樹(妹)に見られたら。
やめよう、自分でフラグを立てているようなものだ。
「それで? お前と鬼姫はどういう関係なんだ?」
「どうでもいい関係です」
お前は、どうでもいい相手に殺気を向けるようなやつじゃないだろ。
「どうでもいい……か。なら、さっさと僕ごと殺せばいいじゃないか」
「それはできません。そんなことをしてしまったら、夏樹さんに殺されてしまいます」
たしかに夏樹なら、やりかねないな。
「それに……」
「それに?」
座敷童子がこちらに体を向ける。
「私はあなたを失いたくありません」
「僕の両親がお前に僕たちの世話をするように言ったのは知ってるけど、今の言い方だと勘違いされるぞ?」
そう、まるで愛しい相手に言っているような。
「座敷童子だって、恋はするんですよ?」
「……え? ちょ、ちょっと待て。今のは冗談だよな?」
座敷童子は頬を赤らめる。
な、なんだよ、いったいいつから……。
「あっ、お兄ちゃん。おかえりー……」
なぜだ?
なぜ夏樹がまだ起きているんだ?
もう明日になろうとしているのに。
「ねえ、お兄ちゃん……」
「な、なんだ?」
妹は黒い長髪を触手のように動かしながら近づいてくる。
「童子ちゃんと何……してたの?」
「いや、僕はただ、こいつと鬼姫の関係について知りたくてだな」
妹はニコニコ笑っている。
笑顔のまま近づいてくる。
「雅人さん」
「な、なんだよ」
座敷童子は僕をギュッと抱きしめると、耳元でこう言った。
「バーカ」
「は? おい、ちょっと待てよ。それ、どういう意味だよ……って、あれ? あいつ、どこ行った?」
まさか、あいつ、最初から知ってて。
「お兄ちゃん……覚悟はいい?」
「ま、待て! 夏樹! 誤解だ! 話せば分かる!」
夏樹はスススーッと僕の方に近づいてきた。
あっ、これ、死んだな。
僕はそっと目を閉じた。
「バイトお疲れ様。よしよし」
「え? あ、ああ、ありがとう」
妹はニコニコ笑いながら、僕の頭を撫でている。
どうやら機嫌が悪いわけではないようだ。