ラッキー
夜の町は恐ろしい。昼間なら絶対に襲われない。いや、それは断言できない。とにかく良いものも悪いものもごちゃ混ぜになっているこの町の治安は最悪だ。こんなの寝床を探すどころじゃない。こんな町で野宿なんかしたら真っ先に襲われる。あー、もう疲れた。こんなことなら逃げるんじゃなかった。でも、もう後戻りはできない……。あっ、そうだ。この町にオアシスはないのだろうか。どんなに過酷な環境でも天国のような場所がきっとあるはずだ。それさえ見つかれば私はきっと幸せになれる。
「みーつけたっ!!」
「……!!」
ああ、私はこの感触を知っている。今、私の体を叩いたのは金属の棒だ。攻撃力が高く持ち運びがしやすい武器。
「どうして……私がここにいると、分かった?」
「はぁ? そんなのお前の腹から出てる血の跡を追ってきたからだよ」
あー、そうか。最初の襲撃で負傷した箇所から出ていたのか。これはまさに自分で自分の首を絞めるだな。
「さあて、それじゃあ、そろそろやっちまうか。てめえら! 俺がこいつをボコった後はこいつを好きにしていいぞ!!」
『ヒャッハー!!』
ああ、どうして私は生き残ってしまったのだろう。私はこんなところでこんなやつらに襲われるために生まれてきたわけじゃない。どうして……どうしてこんなことに……。
「そんじゃあ、そろそろ俺のイライラを発散させようか!!」
金属の棒を持った男が私の体にそれを叩きつけようとした時、その男の手首を掴んだ者がいた。
「君たちこんなところで何してるの? 夜は危ないから早くおうちに帰った方がいいよ」
「うるせえな。というか、いい加減手離せよ!!」
「別にいいけど、僕が手を離したら君死んじゃうよ?」
「はぁ? お前何を言って……」
「なあ、雅人。こいつらの神経、全部グシャグシャにしてもいいか?」
メカメカしい武装が特徴的な少女の周りに金属でできている無数の蜘蛛が私を囲んでいる悪い人間たちの顔にへばりついている。先ほどまで悪魔のような笑みを浮かべていた者たちが恐怖に怯え、体をガタガタと震わせている。
「ダメだよ。こいつらはこれから死よりも恐ろしい苦痛を味わうことになるんだから。ねえ、君。ギンピ・ギンピって知ってる?」
「は、はぁ? そんなの知らねえよ」
「そっか。じゃあ、君の体に教えてあげるよ。えいっ」
彼が悪い人間の手の甲に植物の葉を押し当てると悪い人間の顔から余裕が失せた。
「い、いてえ! いてえよー!! お前、俺に何しにやがった!!」
「今ので分かろうよ。まあ、いいや。えっとね、虫や鳥なんかは触っても大丈夫だけど、皮膚が剥け出しになってる生き物が触ると長期間激痛に苦しめられる。それが今さっき君の手の甲に押し当てた葉っぱだよ」
「そういうのは国内にはないはずだ!! お前、どこで手に入れた!! というか、どうしてお前には効かないんだ!!」
「前者の答えは知人からもらった。後者は……慣れてるから、かな」
「そうかよ……。で? この痛みは……いつまで続くんだ?」
「さぁ? いつまでだろうね」
「はぁ?」
「二、三年くらいで治るといいね。まあ、痛みがなくなってもプールとかには入らない方がいいよ。じゃあ、僕はこれで」
「ま、待て! 治す方法はないのか!!」
「ないよ。まあ、死ぬか手を切り落とせば楽になれるんじゃない?」
「待て! お前、人間のくせにそんな化け物の味方するのか!!」
「僕は弱ってる方の味方だよ。立てるかい?」
「あ、ああ」
「ふ、ふざけるな!! これでもくらえー!!」
悪い人間が金属の棒を良い人間(?)の頭に叩きつけると金属の棒はぐにゃりと曲がった。
「なっ! く、くそー!!」
悪い人間は何度も何度も同じことをした。もちろん叩く場所を変えたりしていたが、金属の棒は死んだミミズのようにぐにゃぐにゃになっていた。
「ねえ、そろそろ終わりにしてもいいかな?」
「ま、まだだ! まだ俺の武器はある!! これでもくらえ!!」
悪い人間は上半身に身につけている服の中から切れ味の良さそうな刃物を取り出すとそれを良い人間(?)の心臓がある場所に刺した。
「はぁ……はぁ……はぁ……ど、どうだ?」
「ないよ」
「あぁん?」
「そこに僕の心臓はないよ」
「な、何言ってやがる。人間の心臓はだいたいこの位置に」
「君は最初から僕を人間だと思ってるみたいだけど、残念ながらそうじゃないんだよ。まあ、少し前まではそうだったんだけどね」
「ば、化け物……!!」
「人間って自分より強くて訳が分からないものに対してよくその言葉を使うよね。良くないよ、そういうの」
彼は先ほど悪い人間に押し当てた葉っぱで山を作るとそれを悪い人間めがけて放った。
「く、来るな……来るなー!!」
悪い人間は私たちから少し離れた場所でそれに捕まった。やはり人間は自然には勝てないようだ。いや、人間もか。
「雅人、治療終わったぞ」
「ありがとう、美子。それじゃあ、僕の家まで運ぼうか。あー、そうだ。君、名前は?」
「名前はない。女王になれなかった存在だから」
「そうか。でも、そのおかげで君はこうして僕たちと出会えたわけだな。そう考えると君ってすごくラッキーだよ」
「ラッキー……いい名前だな、気に入った。今日から私はラッキーだ」
「え? 今のでいいのか?」
「ああ。そうだ、お礼にそなたの子どもを産んでやろう。何匹、いや何人欲しい?」
「別にいいよ。僕、まだ高校生だから」
「高校生? 高校生とはなんだ? 職業か?」
「学生って言えば分かるかな? いや、分からないか。うーん、まあ、色々学んでいる人間なんだよ、僕は」
「そうか。では、その高校生とやらはいつ終わるのだ?」
「うーん、あと数年ちょっとかなー」
「そうか。分かった。では、それまで気長に待つとしよう」




