ふぇ?
僕は妹を起こさないように、そーっと妹の部屋に入った。
妹は今、風邪をひいている。
もう熱は下がっているらしいが、やはり少し心配だ。別の病気にかかってしまう可能性もあるのだから。
「……お兄……ちゃん……」
気づかれたか?
いや、今のは寝言だ。
心拍数と呼吸音だけでそう判断していいのかは分からないが。
「ただいま」
僕がそう言いながら、妹の頭を撫でてやると妹は僕の手を掴んだ。
頭を撫でていない方の手。
僕がそっとその手から逃れようとすると、妹はものすごい握力でそれを掴んだ。
「……っ!?」
ダメだ! びくともしない!
こんなに力強かったっけ?
それにしても痛い。
骨が砕けそうだ。
僕が抵抗するのをやめると、妹はその手を自分の胸の上に置いた。
ないようである。
あるようでない。
僕は今、そんな妹の胸部に触れている。
動けない。動いたら、妹が起きてしまうかもしれない。
どうしたらこの状況をどうにかできるんだ?
そんなことを考えていると、妹の黒い長髪が僕の体に絡みついてきた。
僕がそれを頭を撫でていた方の手で振り払おうとすると、その手はきつく縛られてしまった。
「お兄ちゃん……そこ……ダメ……」
え?
「私、初めてだから……優しくして……」
ちょ、ちょっと待て。夏樹は今、どんな夢を見ているんだ?
というか、夢の中は僕はいったい何をしているんだ?
「あっ……ダメ……もう……我慢……できない」
おい! 夢の中の僕!
何やってんだ! 夏樹は実の妹だぞ!
「……お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」
もう何なんだよ!
僕はいったいどうすればいいんだよ!
くそ! もうこうなったら起こすしかない!
「夏樹! 頼むから一度起きてくれ! 体が変な方向に引っ張られてるから!」
「……ふぇ? あー、お兄ちゃん。おかえりー」
ようやく起きてくれたか。やれやれ。
「ただいま。えっと、とりあえず僕を解放してくれないか? 動けないから」
「……ヤダ。私の安眠を邪魔したんだから、しばらくそのままだよ」
そ、そんな……。
「そこをなんとか。な? な?」
「ヤダ!」
寝起きだから、機嫌が悪いのかな?
「夏樹ー、頼むよー。お願いだからー。これからバイトがあるんだよー」
妹は時計に目をやった。
「まだその時間になってないから、ダメ」
「今日は早めに行きたいんだよー」
まあ、別にその必要はないんだけど。
「……それより今日はなんかいつもより、あの女のにおいが濃いね」
「あの女って、羅々のことか?」
『百々目鬼 羅々』は彼の幼馴染である。
彼女にとっては邪魔な存在である。
「うん」
「あー、まあ、あれはなんというか、なんか僕が落ち込んでる時に慰めてくれたというか、なんというか」
ハグはされた。
あと、頭を撫でられた。
「へえ、そうなんだ。じゃあ、私のにおいで上書きしないといけないね」
「え? いや、別にいいよ。どうせ風呂入るから」
その直後、部屋の空気が冷たくなった。
別に気温がどうこうではなく、なんとなくそう感じたのだ。
「私、昨日言ったよね? これからはできるだけ、お兄ちゃんの力になりたいって」
「え? あー、まあ、そんなこと言ってたな」
妹はベッドから出ると、僕に抱きついた。
「お兄ちゃんから、あの女のにおいがするのはイヤ。だから、私のにおいで上書きするんだよ。これって、何かおかしい?」
「えっと、おかし……くないです」
妹の眼光が怖い。
「だよね? じゃあ、しばらくおとなしくしててね」
「はい、わかりました」
その笑顔すらも怖いけど、つい従ってしまう。
僕って、Mなのかな?
 




