ウジウジするなー!
学校にいる時、彼はずっと風邪をひいてしまった妹のことを考えていた。
世界中の誰よりも妹のことを知っているのに、すぐに妹の異変に気づけなかった。
彼は今まさに罪悪感に苛まれていた。
「……はぁ……」
「どうしたの? 雅人。夏樹ちゃんとケンカでもしたの?」
『百々目鬼 羅々』は彼の幼馴染である。
「別にそういうわけじゃないよ。というか、お前には関係ないことだろ?」
「たしかにそうかもしれないけど、私はできるだけ雅人の力になりたいって思ってる。だから、私にできることがあれば言って」
おかしなやつだな、お前は。
こんなやつ、放っておけばいいのに。
「お前はいいよな。悩みとかなさそうで」
「まあねー。私は昔からウジウジ考えないようにしてるからねー」
呑気でいいな。
「それで? どうして雅人はウジウジしてるの? 昼休みが終わるまでに言わないと、私の目の力で雅人の頭の中を覗いちゃうよ?」
「ほんと便利だよな、その力。少し分けてくれよ」
彼女は「無理ー」と言いながら、ニコニコ笑う。
お前が太陽なら、僕は月だな。
あー、でも今のは月に失礼なような。
はぁ……ダメだな。どんどんネガティブになってる。
仕方ない、白状しよう。
「その……実は……」
「なるほど。自分が夏樹ちゃんの体の異変に気づけなかったから、夏樹ちゃんが風邪をひいたと思い込んでるんだね」
おい、僕はまだ何も言っていないぞ?
「お前な……。勝手に人の頭の中を覗くなよ」
「雅人がいつまでもウジウジしてるのがいけないんだよー。というか、それは雅人のせいじゃないから別に気にしなくていいよ」
そうかな?
「一年中ポジティブなやつに言われてもな……」
「ウジウジするなー! 私を見ろー!」
彼女はそう言いながら、僕の両肩を掴んだ。
「は、離せ! 僕に触るな!」
「うるさーい! とりあえずおとなしくしろー!」
彼女はそう言いながら、僕を抱きしめた。
あっ、やばい。
皮下脂肪の塊が僕の口を塞いでる。
このままだと……呼吸困難に……。
「あれ? おーい、雅人ー、大丈夫ー?」
「……ここは……天国か? それとも地獄か?」
彼女はニッコリ笑うと、こう言った。
「あえて言うなら、どっちも……かな?」
「なんだよ、それ……」
こいつといると、なんか調子が狂うな。
けど、なんかいいな。
安心できるというか、ほっとするというか。
「ありがとな、羅々。なんか元気になったよ」
「それって体の一部? それとも全体的な意味?」
おい、お前はいったいどこを見ているんだ?
「後者だよ。それ以外、ありえないだろ? 今までの流れ的に」
「えー、そうかなー?」
そう……だと思う。
「そ、そうだよ。というか、幼馴染だからって学校で抱きつくのはやめてくれ。恥ずかしいから」
「えー、いいじゃん。減るもんじゃないしー」
ノリが軽いな。
「風紀が乱れるからダメだ」
その直後、昼休みの終わりを伝える予鈴が鳴った。
「ということで、今日は部活にはいけない。理由は少しでも早く帰って妹の看病をしたいからだ」
「はいはい、分かりましたよー。あっ、そうだ」
彼女は僕の頭の上に手を置いた。
「夏樹ちゃんに早く治るといいねーって伝えておいて」
「お、おう」
彼女は僕の頭を数回撫でた。
いつもなら振り払っているその手を僕は振り払わなかった。
理由は分からない。
けど、その行為が不思議と不快ではなかったことは確かだ。




