私たちの故郷では
よし、そろそろランランとリンリンの背中を流そう。
「な、なんか今日は二人の背中流したい気分だなー」
『結構だ』
「……え? いや、でも僕だけ洗ってもらっていうのは」
『私たちはお前の護衛だが、いずれお前を倒す存在だ。故に私たちはお前に背中を見せたくない』
ええ……なんで急に雰囲気がガラッと変わるんだよ。というか、顔が気持ち悪いくらいキリッとしてるな。
「そうか。あっ、そうだ! 二人とも今まで報酬もらってないだろ?」
『不要だ』
「……え?」
『護衛というのは命に代えても護衛対象を守るのが仕事だ。故に護衛対象が生きていること自体が私たちにとって一番の報酬だ』
な、なんかすごくかっこいいこと言ってるけど、単に僕に背中を洗われたくないだけなんじゃないか?
「そうか。でも、たまには……」
『断る』
「ちょ、せめて最後まで言わせてくれよー」
うーん、困ったなー。どうしたら背中を洗わせてくれるんだろう。
「あっ、そうだ! なあ、二人ともマッサージに興味あるか?」
『ない!! なぜなら世界最強のキョンシーである私たちは自身の血流や血圧をコントロールできるからだ!!』
「そ、そうか……」
はぁ……これはもうお手上げだな。
「そうか。分かった。悪かったな、しつこく迫って」
『問題ない』
よし、そろそろ風呂から出るか。
僕が浴室から出ようとすると歩き始めた時、僕は足を滑らせてしまった。あっ、これ、死んだわ。
『雅人!!』
二人が僕の体を支えようとするが、体を洗ったせいで肌がつやつやになっている僕の体は二人の体で受け止めることができなかった。
『な、なにいいいいいいいいいいいいい!!』
あれ? 僕、ワックス塗ったっけ?
『雅人!! 手を伸ばせー!!』
僕は精一杯手を伸ばすが、二人はその手を掴むことはできない。僕の体、なんかウナギみたいだなー。ああ、なんか懐かしい記憶が見え始めた。これが走馬灯ってやつかな?
『くそ! こうなったら!! 雅人!! 私たちの背骨を掴め!!』
二人はそう言うと僕に背を向け、背骨を体から少し出した。あっ、これ電車とかにある手すりだ。僕はそれに手を伸ばす。背骨には突起が何本もあるから掴みやすいはずだ。よし、掴めた。
『よし! あとは起き上がるだけだ!! 頑張れ! 雅人!!』
「お、おう。よっと……あっ」
僕が起き上がる時、僕は勢い余って二人の体の前半分に手を回してしまった。その手は吸い込まれるように二人のある部分まで移動し、柔らかな山を優しく包み込んだ。
『……っ!!』
「ご、ごめん。今のはわざとじゃ……」
『ま、雅人……お前……!!』
「いや、だから今のはわざとじゃなくて」
『黙れー!! これでもくらえー! 覇王拳!!』
「え? ちょ、待っ……」
「キュー!!」
あっ、キュー(丸みを帯びている黒いキューブ型の空間。なぜか自我がある)だ。
キューは二人の攻撃を受け止めると覇王拳に込められている霊力を吸収した。
『なっ……! そ、そこをどけ! さもないと!!』
「ま、待て! ちゃんと謝るから!! ここで暴れないでくれ!!」
『そうか。では、今ここでお前を倒す!!』
「なんでそうなるんだよー! というか、なんでそんなに怒ってるんだよー!!」
『そ、それはその……まあ、あれだ。い、今さっき雅人が行った一連の動作は私たちの故郷ではプロポーズだからだ』
「……え? そうなのか?」
『ああ、そうだ。直接でも間接でもいいから背骨に触れた後、む、胸を優しく触る。これが私たちの故郷のプロポーズだ』
「あー、だから背中を見せないようにしてたのか。でも、あれは事故じゃないか」
『まあ、そうだな。しかし、私たちは生前そのようなことをされたことはない。故に勘違いしてしまったのだ。だから、その、許してくれ!!』
「いや、謝るのは僕の方だよ。ごめんな、急に変なところ触って」
『いや、雅人にならいくらでも触られてもいいというか、なんというか……。あっ! い、今のは忘れてくれ!』
「え? あー、うん、分かった」
『よし、では、これからもお互い清い関係でいよう!!』
「お、おう」
くそー! 今まで雅人のことを意識しないように気をつけていたのにさっきので水の泡だ!! あー、どうしよう。雅人の顔を直接見られない。それに体が少し熱い。何なんだ! これは!! 私たちは世界最強のキョンシーだぞ! この程度のことで心を乱されるな!! しっかりしろ!! 私たち!!
「二人ともなんか顔赤いぞ? 大丈夫か?」
なっ……! か、顔近っ!!
『だ、だだだ、大丈夫だ! さ、さぁ! そろそろ風呂から出よう!』
「え? あー、そうだな」
二人とも本当に大丈夫かなー? 心配だなー。
な、なぜだ? なぜ一度は止まった私たちの心臓がこんなに高鳴っているんだ? ま、まさか! これが恋というやつか! いや、そんなはずはない! そうだ! これはきっと風呂に入ったせいだ! 風呂に入ったせいで血流が良くなっているからこんなに心臓が元気なんだ! そうだ! そうに違いない!
「あっ、そうだ。なあ、二人とも」
『な、なんだ!!』
「さっきはありがとな。さすが世界最強のキョンシー、護衛にしたら右に出る者はいないな」
『あ、ああ、どういたしまして』
ほ、褒められた! 嬉しい! もっと褒めてほしい! いや、待て! 見返りを求めるな!! でも、やっぱり褒めてほしいなー。




