ああ、鍋おいしい
童子遅いなー。これは朝帰りかなー。僕がそんなことを考えていると玄関の扉が開く音がした。その直後、リビングのソファに座っていた僕はスッと立ち上がり、彼女の元へ向かった。
「おかえり、童子。遅かったな」
「……すみません。少し一人にさせてください」
彼女は俯いたままそう言った。何かあったのかな?
「そうか。分かった。あっ、冷蔵庫に今日の晩ごはんの残りがあるから食べたかったらレンジでチンして食べるんだぞ」
「はい、分かりました」
返事はしてくれたけど空気が重いな。まあ、理由はどうあれ今はそっとしておこう。僕が自室に行こうとすると座敷童子の童子は僕を呼び止めた。
「あの雅人さん」
「なんだ?」
「あの、その……そばにいてください」
「えーっと、お前さっき一人にしてくれって言ってなかったか?」
「その時は一人の方がいいと思っていましたが、あなたの声を聞いたら少し心が軽くなったような気がして」
「そうか。分かった。じゃあ、今からお前の晩ごはんレンジでチンするからお前はその間に手洗いとうがいしとけ」
「分かりました」
僕がレンジの力であったかくなった晩ごはんの残りをテーブルの上に置くと座敷童子の童子がやってきて椅子に座った。
「そこそこ熱いから気をつけろよ」
「はい。いただきます」
残りものとはいえ、今日使った食材を全部入れてあるからこれ一杯が小さな鍋だ。彼女は小さな口に白菜やら春雨やらを放り込むと一定の回数咀嚼したのち飲み込んでいる。まるで機械だ。
「……何かあったのか?」
僕がそう言うと彼女の手が止まった。
「……私が病院に行くと病室のベッドで寝ているはずの『べか太郎』がいなくなっていたんです」
「何? それって脱走したってことか?」
「いえ、修行の旅に出るというメモがあったので脱走ではなく出立です」
「そうか。それは残念だったな」
「まあ、自分の食欲を制御できるようになるまで戻らないそうです」
「そっか。まあ、地球は丸いからいつかまた会えるよ」
「そう、ですね。では、それまで気長に待つとしましょう」
「おう」
その後、童子は静かに泣きながら残りものを食べ始めた。
「雅人さん」
「ん? なんだ?」
「今夜、一緒に寝てほしいのですが」
「ああ、いいぞ。あっ、でも、変なことするなよ」
「しませんよ。多分」
「多分ってお前な……」
「冗談です。ああ、鍋おいしい」
僕は彼女が食べ終わるまでずっと彼女の顔を見つめていた。




