毛抜き婆
僕たちが帰宅すると特に寒くないのにニット帽を被った僕の幼馴染『百々目鬼 羅々』が玄関の扉の前に立っていた。
「あっ! 雅人! おかえりー。どこ行ってたの?」
「公園だよ」
「へえー、そうなんだー」
僕はこいつの目玉を一つ体内に取り込んでいるため、僕の行動は常時こいつに監視されているため、こいつはわざわざ僕にそんな質問をする必要はない。だが、こいつはそれをした。なぜそうしたのかはよく分からないが、そうした方が安心するのだろう。
「そんなことよりお前それどうしたんだ? 寒いのか?」
「あー、これはね……」
彼女が帽子を取るとそこにはあるはずのものがなかった。ゼロではないが、頭頂部だけむしり取られていた。
「妖怪にやられたのか?」
「まあね」
「顔とか見てないのか?」
「一応、見てるよ。ただ、すっごくすばしっこくてさー、ほとんど見えなかったんだよねー」
「大丈夫だ。うちにはすごいのがいっぱいいるから多分なんとかなる」
「本当!?」
「ああ、本当だ。というか、どうして一人で突っ立ってたんだ? チャイム鳴らせば誰か出るだろ?」
「夏樹ちゃんがいるから入りづらいんだよ」
「そうか。そういうことだったのか。まあ、とりあえず詳細は中に入ってからだな」
「分かった」
「お兄さん、門扉の近くに何かいるよ」
レイナ(白髪ロングの幼女だが宇宙人である)が何かに気づき、僕にそれを伝える。
「何? あー、ホントだ。たしかに何かいるな」
「何かって何ー? あー! あいつだよ! 雅人! 私の頭頂部を砂漠化させたのは!!」
「え? そうなのか? でも、ただの老婆にしか見えないぞ?」
「油断しないで! あいつ、うちの警備システム全部突破したやつなんだから!!」
「何? それはすごいな」
「感心してる場合じゃないよ! 早くなんとかしてよ!!」
「なんとかねー。でも、証拠がないんだよなー」
「証拠ならあるよ! ほら! よく見て! あいつ、私の髪持ってるよ!!」
「えっ? あー、ホントだ。でも、なんでここにいるんだろう。お前の髪がもっと欲しいのかな?」
「髪は女の命なんだよ! あげるわけないじゃん!!」
「そうか。分かった。おーい、夏樹ー」
僕がそう言うと夏樹(僕の実の妹)は玄関の扉を勢いよく開けながら元気よく返事をした。
「はーい!」
「うわっ! びっくりしたー。というか、ずっと玄関にいたの?」
「うん、いたよ。お兄ちゃんが帰ってきてからずっと」
「へ、へえー、そうなんだー。えっと、あいつが持ってる私の髪取り返してほしいんだけど、ダメかな?」
「は? なんで私がそんなこと……」
「夏樹、頼む。お前だけが頼りなんだ」
「うん! 分かった!! それじゃあ、秒で終わらせるね!」
「お、おう。でも、あんまり無茶するなよ」
「うん!!」
「ねえ、雅人」
「なんだ?」
「夏樹ちゃんってずっとああなのかな?」
「だろうな」
「そっかー……」
夏樹は家の敷地外に出ると同時に黒い長髪を硬化させた。
「おばあちゃん、名前は?」
「毛抜き婆」
「そっかー。というか、昔の小説にそんなのいたなー。なんてタイトルだったっけ? たしか、頭文字が『ら』でー」
「知らん。そんなことより早くお前の髪をよこせ」
「私の髪、自然に抜けないようになってるから多分抜けないよー」
「では、頭皮ごといただくとしよう」
「できるといいねー」
「小娘が! バカにするな!!」
その直後、毛抜き婆が走り始めた。うーん、なかなかのスピードだ。普通、加速しないとこんなスピードにはならないはずなのに、こいつはすでにトップスピードだ。世界中のランナーがこいつの動きを見たらきっと全員「こいつとは絶対に走りたくない」と言うだろう。それくらいこいつの動きは常軌を逸している。
「別にバカになんてしてないよ。だって、私より明らかに弱い相手をバカにしても私に何のメリットもないもん」
夏樹は硬化させた黒い長髪で網を作るとそれを自分の周囲に設置した。
「……っ!!」
やつは何かに気づいたが気づくのが遅すぎた。
「あのね、おばあちゃん。この世に存在している全てのものは急には止まれないんだよ」
「その、よう、だな……」
「お兄ちゃん! 私、勝ったよ! 褒めて! 褒めて!」
「夏樹はすごいなー。勝てる気しないよー」
「そうかなー?」
「ああ、そうだとも」
「そっかー。あはははは!!」
「おい、今のうちに髪回収しとけ」
「え? あー、うん、分かった。というか、なんか呆気なかったね」
「そうだな。でも、あいつに未来を予知できる能力とかあったらきっと一瞬で終わってなかったと思うから今回は運が良かったな」
「運も実力のうちだよ。でも、私はこの目で勝利を掴み取ってみせるよ」
「え? あー、うん、頑張れ」
相変わらず鈍感だなー。まあ、別にいいけど。
「それじゃあ、みんなおやすみー」
「おう、おやすみ」
「あっ、うん、おやすみ」
「おやすみなさい」




