締め切り虫
私はここ数年ずっと漫画を描いている。自分が描いた作品をSNSに投稿してそこそこあるコメントを眺め、今後の作品作りに活かす。それがここ数年の私の日常だ。
だけど、そんな私の日常はいつのまにか私の部屋にいた変な虫のせいで台無しにされた。名前は……締め切り虫。見た目は普通のカミキリムシで通常時の体の色は灰色。怒ると真っ赤になり、冷たいものを食べたり飲んだりすると水色になる。あと、よくしゃべる。特に締め切りが近づくともうすごい。だいたい月一投稿だから特にこの日が締め切りというのはない。それなのに締め切り虫は私を追い詰める。正直うるさくて集中できないから締め切りが近づくと私は締め切り虫を粘土の中に突っ込んで黙らせた。
「うーん、やっぱりあのコメント読んだ後だったよね。締め切り虫来たの」
アカウント名、マサト。その人のコメントだけ私は必ずじっくり読むようにしている。なぜなら色々書いてあるからだ。良かった点、悪かった点、私ならこのキャラにこのセリフを言わせる、あの伏線はだいたい〇〇あたりに回収するといいと思いますなど、とにかく今後の展開に大きく影響する内容がたくさん書いてある。私は「もし、この人が私の担当編集になったらきっといい作品作れそうだなー」というようなことをその人のコメントを読むたびに心の中でつぶやいている。
「ねえ、締め切り虫。この人、今どこにいるのかなー?」
「知らねえよ。というか、さっさと漫画描けよ」
「今月分はさっき投稿したじゃん」
「何度も言ってるだろ。クリエイターはいろんなことを体験した方がいいって。必要最低限の外出と今期のアニメ見てるだけじゃ、いつかネタ尽きるぞ」
「ネタはそのへんに転がっている。クリエイターはそれらを手に入れて料理する人のことをいう……だっけ?」
「ああ、そうだ。だから、もっと視野を広げろ! いろんなことに興味を持て! 今のままじゃ世界と戦えないぞ!」
「はいはい。あー、もう夕方かー。洗濯物取り込もうっと」
私がベランダに出て洗濯物を取り込んでいると突風が吹いた。
「あっ! 大変! 私のお気に入りのハンカチ飛ばされちゃった!!」
「そうか。よし、自分で取りに行け」
「え? なんで? あなた、飛べるでしょ?」
「知るか。自分の物は自分で管理しろ」
「石頭! けち! 無神経!」
「そんなコンボはない」
「何の話?」
「はぁ……もういい。さっさと取りに行け!!」
「はーい」
はぁ……今日はついてないなー。部屋着のままサンダルを履いて外に出るとオレンジ色に染まった空があいさつしてくれた。明日も晴れるといいなー。さてと、私のハンカチはどこに行ったかなー。
「あの」
「はい?」
「これ、あなたのですか?」
高校生くらいの少年が私のお気に入りのハンカチを持っている。前言撤回、今日はついてる!!
「うん! そうだよ! わざわざ持ってきてくれてありがとう!!」
「どういたしまして。じゃあ、僕はこれで」
「あー! ちょっと待って!! お礼に何かさせてよ!!」
「いえ、お気持ちだけで結構です」
あっ、やばい。私、この子欲しい。
「まあまあ、そう言わずに。あっ! そうだ! 君の似顔絵描いてあげるよ!! 私こう見えて漫画描いてるからそこそこいいの描けるよー」
「へえ、そうなんですか。僕は読み専なので絵の良し悪しはよく分かりませんが、最近気になってる作品があるんですよ。だいたい月一でSNSに投稿されていて、世界観の設定とかネーミングセンスとかセリフ回しはいまいちパッとしないんですけど、キャラの絵がかわいくていつ見てもほっこりするんです」
「へ、へえ、そうなんだー。いいなー、私もその作品読もうかなー。ちなみにその漫画のタイトルはなんていうの?」
「『ミックス☆イリュージョン』です」
「……あっ、私その作品知ってる」
「え? そうなんですか?」
「……うん、だって、その作品描いてるの私だもん」
数秒間、沈黙が私たちを包み込む。
「……え? そう、なんですか? じゃあ、あなたがユキ先生なんですか?」
「うん、そうだよ。びっくりした?」
「は、はい、とても……。あっ、僕、先生の作品が投稿されたら必ず投稿された日にコメントしてるんですけど……って、こんなことしてる僕ってすっごく気持ち悪いですよね、すみません、聞かなかったことにしてください」
「知ってるよ。というか、さっきの作品紹介を聞いた時からそうなんじゃないかなーって思ってたよ。マサトくん」
「……っ!! あ、あの! このことは誰にも言わないでください!!」
「うーん、どうしようかなー。あっ、そうだ。ねえ、マサトくん」
「な、何ですか?」
「君さー、今日から私の担当編集にならない?」
「……え?」




